覚え書:「今週の本棚・この3冊:村岡花子=村岡恵理・選」、『毎日新聞』2014年08月03日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:村岡花子=村岡恵理・選
毎日新聞 2014年08月03日 東京朝刊

 <1>王子と乞食(マーク・トウェーン著、村岡花子訳/岩波文庫/842円)

 <2>伝記ヘレン・ケラー村岡花子著/偕成社文庫/864円/8月20日発売予定)

 <3>村岡花子エッセイ集 想像の翼にのって(村岡花子著/河出書房新社/1620円)

 人間への愛。それが花子の翻訳作品に共通するテーマである。まず作品選びにおいてその視点は一貫している。中でも『王子と乞食(こじき)』は文豪マーク・トウェインが自分の娘たちに毎晩読み聞かせながら、楽しんで書いた名作。花子にとっては出世作であり、愛児を亡くした哀(かな)しみから「日本中の子供たちのために」と、蘇生のきっかけとなった記念碑的作品でもある。

 瓜(うり)二つの英国の王子と乞食のトムが、互いの世界に憧れ、衣装を取り替える。いかにも子供が喜びそうな着想だが、ふたりの純粋な目を通して大人の世界を、上質なユーモアを交えて風刺している。滑稽(こっけい)、頑固、矮小(わいしょう)、野蛮。自分はどのタイプの大人だろう。さんざんな目に遭った王子が没落貴族ヘンドンから受けた慈悲、誰もトムに気づかない中、唯一、我が子を見抜いた母性愛などは感動的。

 花子はヘレン・ケラーの来日時に通訳を務めたことがある。その経験が書かせた『伝記ヘレン・ケラー』が8月末に復刊する。ヘレンの明るく、強靱(きょうじん)な精神を伝えるとともに、支えた人たちの顔ぶれとそのエピソードが興味深い。決して諦めない両親。教育係のミス・サリバンは幼少期を孤児院で過ごし、一時は失明の危機にも瀕(ひん)したという。ヘレンとの出会いは運命的だ。常に相談役だったのは電話機を発明したベル博士。実業家カーネギーはヘレンの活動の資金援助を買って出た。「霜の王さま」という物語を書いた少女ヘレンが、偏見を持つ心ない人たちから盗作疑惑をかけられた時、「あれが盗作なら小説家はみな人の話を盗んでいる」と擁護したのが、マーク・トウェインだったとか。彼らの姿は私たちにどう生きるべきか示してくれている。

 随筆集『想像の翼にのって』の中に片山廣子について触れているものがある。廣子は歌人、またアイルランド文学の翻訳家。東洋英和の先輩でもあった。『王子と乞食』の原書は彼女から贈られたもの。花子の文学上の恩人と言えよう。

 「彼女はダイヤモンドのつめたい光を愛し、折々、そのようなつめたい光を眼にたたえて、世を、人を眺めた。私もそのきびしい批判の前に立たされることを免れなかった。それゆえにこそ私は彼女を愛し敬ったのである」

 目立つことを好まなかった廣子は朝ドラにも登場しないが、白蓮とは違った意味で美しく、魅力的な女性である。ドラマを、天上から、ダイヤモンドの眼でみつめているのかもしれない。 
    −−「今週の本棚・この3冊:村岡花子=村岡恵理・選」、『毎日新聞』2014年08月03日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140803ddm015070014000c.html





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