覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『父が息子に語るマクロ経済学』=齊藤誠・著」、『毎日新聞』2014年08月17日(日)付。

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今週の本棚:大竹文雄・評 『父が息子に語るマクロ経済学』=齊藤誠・著
毎日新聞 2014年08月17日 東京朝刊



 (勁草書房・2700円)

 ◇逆の時間の流れで世の中を見る

 経済学について多くの人が期待するのは、将来の景気がどうなるかに関する予測であり、景気をよくするための処方箋を書いてもらうことではないだろうか。それが可能だと思われているのは、過去の情報が得られれば、将来の姿が予測できると考えられているからだろう。確かに、病気の症状を知れば、医者はこれから先の進行を予想できるし、処方箋も出せる。

 経済予想が難しいのは、経済主体である私たちが将来のことを考えて、現在の行動を決めているからである。例えば、ある人の貯蓄残高が300万円だったとすると、その貯蓄額はその人の過去の貯蓄の積み重ねを表しているだけではない。貯蓄額は、その人が将来の所得や消費を予想した結果として決められてきたもので将来の情報も含んでいる。経済学の論理を理解するには、過去から現在という時間の流れだけではなく、未来から現在という逆向きの時間の流れをしっかり理解する必要がある。そうすれば未来も見えてくる。

 人間社会の動きを理解するには、人々が将来のことを考えて意思決定をしているという感覚を身につけることが大切だ。実は、現代のマクロ経済学は、現実の経済の動きを、将来のことを考えて生きている人の意思決定から説明しようとしている学問なのだ。その意味で社会の動きを俯瞰(ふかん)してとらえる力を身につけるにはマクロ経済学は最適だ。

 しかし、時間の流れを逆にして世の中を見るという感覚を身につけるのは意外に難しい。教科書を読んでも分かりにくい。多数を相手とする講義でも伝わりにくい。そこで、著者であるマクロ経済学者の齊藤誠氏が取った手法が、息子さんにマクロ経済学を一対一の対話形式で教えるというものだ。一般の学生が齊藤氏に初歩的なことまで質問するのは難しいかもしれない。しかし、息子さんなら遠慮なく質問してくれる。晶子夫人によるユーモアのある挿絵も親子の雰囲気を効果的に伝えている。そのお陰で、読者も一歩ずつマクロ経済学を理解していくことができる。著者がマクロ経済学を自分のものにしていった過程を本書で再現してくれているのだろう。国内総生産(GDP)の初歩から始まって、日本経済が置かれている状況まで現代マクロ経済学の観点で掴(つか)めるレベルまで到達できる。

 マクロ経済学なら既に知っているという読者にも有益な情報は多い。GDPという言葉を知っている人は多い。しかし、GDPから固定資本減耗を差し引いた国内純生産(NDP)が、将来私たちが消費できる総額と関連があるということを知っている人は少ないはずだ。政府が鋳造する貨幣と日銀が発行する紙幣の経済学的な違い、資本蓄積と消費の関係、シラー式PER、人口減少と高齢化が経済成長に与える影響について、説明できる人も少ないだろう。

 日本経済を苦しめてきたデフレについても、著者は輸出物価と輸入物価の比率である交易条件から真の原因を教えてくれる。確かにGDPデフレーターという物価指標でみると物価下落が発生していたが、消費者物価指数でみるとそれほど物価は下がっていなかった。私たちがデフレだと感じた理由は、日本経済の競争力の低下によって交易条件が悪化し、私たちの所得が貿易によって海外に漏出してしまったことにある、と著者は言う。競争力が下がってしまったという事実をしっかり受け止めて、未来に向かって進むべきだという著者のメッセージは息子さんだけではなく、すべての読者に伝わるはずだ。 
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『父が息子に語るマクロ経済学』=齊藤誠・著」、『毎日新聞』2014年08月17日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140817ddm015070027000c.html





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父が息子に語るマクロ経済学
齊藤 誠
勁草書房
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