覚え書:「今週の本棚・本と人:『還暦からの電脳事始』 著者・高橋源一郎さん」、『毎日新聞』2014年08月31日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『還暦からの電脳事始』 著者・高橋源一郎さん
毎日新聞 2014年08月31日 東京朝刊



 ◇『還暦からの電脳(デジタル)事始(ことはじめ)』(毎日新聞社・1404円)

 ◇光の蠢きに豊かな地平を予感−−高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)さん

 3年前、妻の実家を訪ねた時のこと。当時小学1年の息子が、習ってもいないのに義母のアイパッドにゲームをダウンロードし、遊び始めた。驚いてやり方を聞くと「テキトー」。直感で電脳生活に溶け込む幼い姿に衝撃を受け、自らも飛び込むことを決意した。さっそく店に駆け込み<「アイ……アイパッド、ください!」。なんか、ちょっと、愛の告白みたいだった>。本書では還暦からの電脳の日々をユーモラスにつづる。「魅力的だからこそ、危険も多い。使いこなすしかありません」

 悪筆の救世主としてワープロで書き始めたのは1984年か85年。作家では早い部類だった。ところが日本語入力に親しむあまり、ローマ字入力が当たり前の時代になって“ガラパゴス化”。ダウンロードして音楽を聴いたり、ネットで馬券を買ったりする人をうらやましく思っていたところへ冒頭の衝撃だ。

 「動画サイトのおかげでテレビをあまり見なくなった」。CDも買わなくなり、ネットで調べものをしながら執筆し、今やアイパッドはより小さく薄い2代目に。教えている大学では「休講の連絡が全員に行かない」と学生たちに迫られ、「LINE」デビューを果たした。便利で、もはや元へは戻れない。

 怖さもある。「作家にでもならない限り、書いたものは人の目に触れないのが前提だった。ところが今はつまらないことが世界中に流れる」と苦笑い。すぐに炎上する排外的なネット空間について「どんな場合でも、熱狂には攻撃衝動がある。スポーツだって、相手をやっつけるから盛り上がるわけ。これにネットは向いていて、暴力の発動に使われている。極端な物言いは昔は恥ずかしいものだったが、ネットでは『いいね!』ボタンを押されてしまう」

 とはいえ、私たちがまだ知らぬ豊かな地平を予感してもいる。「ゲームや買い物など、興味に応じて直感的に触ってみる世界。それは、分厚いトリセツやカリキュラムとは対極のネット言語と言っていい。人を傷つけもするが、芸術作品だって作れるはずです」と力を込めた。

 深夜、パソコンの前で思うところをこう書く。<無数のことばや情報が煌(きら)めく光の線をひきずりながら生きもののように蠢(うごめ)いている>

 文学者の実感だ。<文・鶴谷真/写真・竹内紀臣> 
    −−「今週の本棚・本と人:『還暦からの電脳事始』 著者・高橋源一郎さん」、『毎日新聞』2014年08月31日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140831ddm015070038000c.html





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