覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『夜はやさし』=F・スコット・フィッツジェラルド著」、『毎日新聞』2014年08月31日(日)付。

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今週の本棚:井波律子・評 『夜はやさし』=F・スコット・フィッツジェラルド
毎日新聞 2014年08月31日 東京朝刊


 (作品社・4536円)

 ◇多難乗り越え、崩壊の物語描き切る

 『夜はやさし』は、ドス・パソスヘミングウェイとともに、アメリカの「失われた世代」を代表する作家、スコット・フィッツジェラルド(一八九六−一九四〇)が、あまりにも有名な『華麗なるギャツビー』刊行の直後(一九二五)から、九年の歳月をかけて構想、執筆し、一九三四年に発表した長篇小説である。本書は、再刊(初刊は二〇〇八年)だが、翻訳が練り上げられ緻密度を増したのはむろんのこと、フィッツジェラルドがこの作品に取り組んでいた九年の間に、編集者、友人、妻のゼルダと取り交わした数多くの往復書簡が、「小説『夜はやさし』の舞台裏」と題され、収録されており、まことに興趣あふれる。

 『夜はやさし』は三部構成をとっている。第一部は、ハリウッドの若く美しい新人女優ローズマリーが休暇を過ごすべく、母と南仏のリヴィエラにやって来るところから、幕を開ける。彼女はこの地で、アメリカ人の作家や音楽家などのグループと親しくなり、グループの中心である魅力的なディック・ダイヴァーとその美貌の妻ニコルに憧れ、とりわけ夫のディックに一途(いちず)な恋心を抱く。しかし、一見、何の破綻もないダイヴァー夫妻には、その実、謎めいた陰の部分があることが、物語時間の経過とともに徐々にあらわになる。

 ナイーブなローズマリーの視点から描かれていた物語世界は、第二部に入るや一転して、真の主人公であるダイヴァー夫妻の過去へと遡(さかのぼ)る。アメリカの富豪の娘ニコルは、ある痛切な体験によって精神のバランスを崩し、スイスで療養していた。そのとき、優秀な精神科医のディックとめぐりあい、二人は恋に落ち結婚する。しかし、ニコルは時おり発作を起こし、彼女から目を離せないディックは、精神科医としての活躍の場をしだいに失ってゆく。こうして夫妻の陰の部分を照射した後、物語は第三部でふたたび「現在」に戻る。

 第三部では、今度は疲れたディックのほうが、心の張りを失って崩れはじめ、ずるずると下降してゆく。かくて、新しい恋人ができたニコルから離婚され、飄然(ひょうぜん)と去って行く顛末(てんまつ)が描かれる。なんとも切ない結末だが、この結末に対し、フィッツジェラルド自身は、刊行後、ある評論家への手紙で、「下降調の結び(タイング・フォール)というモチーフは熟慮に熟慮を重ねたものであって、気力が萎えたせいなどではなく、明確なプランによるものだ」と明言している。こうして、フィッツジェラルドは明晰(めいせき)に崩壊の物語を描き切ったのである。

 ちなみに、この作品は本書の依(よ)ったオリジナル版のほか、後年、作者自身が構想し、死後、これに従って組み替えた改訂版がある。それは、第一部と第二部を入れ替え、時間の経過に沿って物語世界を展開させてゆくものである。しかし、第二部で時間を遡り、謎に迫るオリジナル版の展開のほうが、はるかにスリリングであり、緊迫感があると思われる。

 この作品を執筆していた九年の歳月は、妻のゼルダが精神のバランスを崩して入退院を繰り返し、その費用や生活費を捻出するために、次々に短篇小説を執筆する必要に迫られるなど、フィッツジェラルドにとって、とりわけ多難な時期であった。おまけに、彼自身の精神状態もけっしてよくはなかった。その葛藤のさまは往復書簡から如実に読みとれるが、そうした現実をも取り込み昇華しながら、フィッツジェラルドがひたすら書き綴(つづ)った『夜はやさし』は、時を超えて奥深い輝きを放つ、愛(いと)おしい傑作だといえよう。(森慎一郎訳) 
    −−「今週の本棚:井波律子・評 『夜はやさし』=F・スコット・フィッツジェラルド著」、『毎日新聞』2014年08月31日(日)付。

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