覚え書:「書評:大衆の幻像 竹内 洋 著」、『東京新聞』2014年08月31日(日)付。

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大衆の幻像 竹内 洋 著 

2014年8月31日


◆「空気」につぶされぬために
[評者]小浜逸郎=評論家
 著者の竹内洋さんは、日本における知識社会学の泰斗で、よく調べることによって、印象論に基づく「常識のウソ」をひっくり返す名人です。『大衆の幻像』というタイトルは、思想家・吉本隆明の「大衆の原像」をもじったものですが、現今の政治、社会、文化における超ポピュリズム現象の本質を言い当ててまことに妙(みょう)なるかな。
 著者によれば、現代の「大衆」とは、実在ではなく、テレビメディアを中心としてみんながよってたかって作り上げた幻想としての超・大衆です。その「大衆」天皇制の神輿(みこし)担ぎゲームに政治家や文化人が率先して参加することによって、政治的な信念も文化的な価値判断も、「大衆」という高圧釜にわれから押しつぶされます。こういう状況下では、貴族主義的大衆社会批判も民主主義的大衆社会批判ももはや功を奏さず、新しい「空気的」大衆社会論が必要であると説かれています。
 著者は一方で、日本社会の健全さが個々の庶民の職人的・自立的なエートスによって維持されているという大切な指摘も忘れていません。ここからは、社会学的な議論が単に空気としてのマスを対象とするだけではなく、「空気」と「実在」との乖離(かいり)した関係に目をすえた新たな方法論を目指すべきだということが示唆されるでしょう。
 この内容豊富な本にはまた、明治から戦後までの近代ジャーナリズムに登場したさまざまな「公共知識人」の生態が生き生きと描かれています。特に丸山眞男に対する均衡ある評価、「暗い谷間」と呼ばれる戦前・戦中時代がじつは高学歴者や一部の知識人にとっては黄金時代であったという指摘など、まさに「目からウロコ」です。
 戦後イデオロギーが相変わらず戦前・戦中を固定化した歴史観で塗りつぶし続け、一方野蛮なスピードで反知性主義が駆け巡る超・情報社会のなかにあって、この本は、教養とは何か、時代とは何かをじっくりと考えるための必読の一冊と言えるでしょう。
 (中央公論新社・2484円)
 たけうち・よう 1942年生まれ。関西大名誉教授。著書『大学の下流化』など。
◆もう1冊 
 西部邁著『大衆への反逆』(文春学芸ライブラリー)。資本主義と民主主義に培養された<高度大衆社会>への批判的視座を提出。
    −−「書評:大衆の幻像 竹内 洋 著」、『東京新聞』2014年08月31日(日)付。

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