覚え書:「奇想の発見−−ある美術史家の回想 [著]辻惟雄 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2014年09月07日(日)付。

2_4


        • -

奇想の発見−−ある美術史家の回想 [著]辻惟雄
[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2014年09月07日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝 

■「奇の人」と画家、異端の出会い

 「ノブちゃんのオデコは大きいオデコ、雨が降っても傘がいらない」。近所の魚屋のお兄さんが著者の子供時代をこうからかった。そういえば「マルコメ君」に似たノブちゃん、どこか不安げなとまどった表情の写真が冒頭に掲載されているが、本書の様々な人生の局面で、実に効果的にこの表情が癒やしてくれるのである。だから著者の人生にいかなる理不尽なことが起ころうとも「偶然」という運命におまかせして、読者は次のページに目を移せばよろしい。偶然がさらなる偶然を招く。読者が著者の人生と同化するに従って「先生」はやはり「奇の人」であることがごく自然に納得できる。
 幼い頃の祖母の不思議な霊体験から始まって生きた心地のしない空襲、死者のうめく身の毛もよだつ地獄絵図的現実をくぐり抜けて、長い長い時間の果てに巡り逢(あ)う「奇想の画家」たち。両者の邂逅(かいこう)は親和性によるもので、単なる偶然ではなくノブちゃんに生まれながら内在する宿命的な因子の成せる必然であろう。
 さて本書の後半では、「めそめそピーピー」のノブちゃんはやがて「奇想の系譜」(1970年刊)を引っさげた美術史家として美術界に震動を巻き起こすことになるのだが、世はモダニズムの全盛期。業界からは単なる「奇の人」、異端の美術史家として斜めに見られる存在だった。日本文化の根底には「飾る」文化とそうでない文化があり、「あそび」「かざり」「アニミズム」という日本美術のキーワードが真面目な美術史家の間では恐らくまだ受容されない時代であった。
 あのノブちゃんの写真をもう一度眺めてもらいたい。奇の相が刻まれていないか? 梅原猛氏が辻氏をミホ美術館長に推挙する時、会長にこの人は「奇人」だと告げた。会長は「奇人は正直だから」良いと言われた。本書の魅力は全編ノブちゃんの持って生まれた正直さで貫かれている。
    ◇
 新潮社・2376円/つじ・のぶお 32年生まれ。MIHO MUSEUM館長。『奇想の系譜』など。
    −−「奇想の発見−−ある美術史家の回想 [著]辻惟雄 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2014年09月07日(日)付。

        • -

「奇の人」と画家、異端の出会い|好書好日





Resize2106


奇想の発見: ある美術史家の回想
辻 惟雄
新潮社
売り上げランキング: 12,515