覚え書:「今週の本棚:張競・評 『中国国境 熱戦の跡を歩く』=石井明・著」、『毎日新聞』2014年09月21日(日)付。
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今週の本棚:張競・評 『中国国境 熱戦の跡を歩く』=石井明・著
毎日新聞 2014年09月21日 東京朝刊
(岩波現代全書・2592円)
◇地道な細部調査、時宜にかなった考察
中国は世界で陸地の国境線がもっとも長く、隣接する国はもっとも多い。北東アジアの北朝鮮から東南アジアのベトナムにいたるまで一四カ国と接壌(せつじょう)し、国境線は二万二〇〇〇キロにもおよぶ。
建国後、いくつもの国境紛争が起きた。著者の集計によると、国境地帯・国境周辺の戦い、あるいは任務遂行中に亡くなった者の数は一九万七〇二八名にのぼるという。
そのうち七つの紛争・戦争が紹介されているが、厳密にいえば、すべて国境をめぐる戦いではない。中印国境戦争、中ソ国境紛争、中越戦争、西沙海戦は領土争いをめぐる戦いだが、金門島の戦いと朝鮮戦争は性質が違う。前者は中国の現在のような対周辺関係の一部を形作る戦いで、後者は北朝鮮を助けるための国際戦争である。ただ、いずれも国際政治に大きな影響を与えた点では変わりはない。
そうした戦いはなぜ起きたのか。衝突はどのように推移し、国境の現状はどうなっているか。東アジア国際関係史の専門家は真っ向からこの課題に取り組んだ。
真実を突き止めるために、著者の取る方法は独特のものだ。戦死した軍人の墓を訪ね歩き、墓碑に書かれた戦死者の姓名や死亡年月などから、衝突の起きた日、戦場での死者数、戦闘の規模などを割り出す。さらにすでに公開された公文書などと突き合わせて、衝突の全容を明らかにする。
国境紛争をめぐって、対立する双方にはそれぞれの狙いがあり、言い分があり、メンツもある。国家戦略や内政などの理由が絡んでいる場合も少なくない。真相は掴(つか)みにくく、全容が不明のまま忘れ去られるケースもある。ましてや細部については、戦いに参加した者でさえ把握していないこともある。しかし、戦場で命を落とした軍人は必ず鄭重(ていちょう)に埋葬される。この特徴を利用すれば、戦死者だけでなく、負傷が原因で死亡した者の数も推測できる。コロンブスの卵のような着想である。
ただ、実地調査は思ったほど簡単ではない。何分中国の国土は広い。それに取材にはさまざまな制約があり、容易には目的地にたどり着けない。著者は一九九〇年から地道に実地を歩き回り、二〇年以上の歳月をかけて丹念に調べた。一見、何気ない数字でも、計り知れない努力を重ねた結果であろう。
関連文献の調査も周到に行われている。中国の文献をはじめ、得意のロシア語のものや、英語文献の資料などにも目配りが行き届いている。
中国の国境紛争の顛末(てんまつ)を振り返ると、虚(むな)しさが込み上げてくる。それぞれの戦いには異なる背景があり、きっかけがあるとはいえ、軍事衝突は対立を悪化させることがあっても、問題が解決される例は一つもない。領土争いは百年単位で存続する問題で、小手先のごまかしをしても、既成事実を作っても何ら意味はない。ましてや現状を変えるのは禁じ手である。双方による妥協と譲歩、話し合いによる解決が唯一の道であろう。
現在、中国と陸地で隣接する国のなかで、国境線が未画定なのはインドとブータンだけになっている。大きな国境紛争のあったロシアやベトナムを含め、大半の国と平和的な交渉を通じて陸上の国境を画定した。流血が教訓になったのかもしれない。
国境線の画定が難しい場合、どうすればよいか。いたずらに敵対心を煽(あお)るのではなく、「とりあえず国境線の最終的な画定に至る前の、中間段階での合意を目指すのが合理的だ」という著者の言葉はずっしりと胸にこたえる。
−−「今週の本棚:張競・評 『中国国境 熱戦の跡を歩く』=石井明・著」、『毎日新聞』2014年09月21日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140921ddm015070019000c.html