覚え書:「書評:『らしい』建築批判 飯島 洋一 著」、『朝日新聞』2014年10月19日(日)付。

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「らしい」建築批判 飯島 洋一 著  

2014年10月19日
 
◆生活支える目的置き去り
[評者]高島直之=武蔵野美術大教授
 書名の「らしい」とは、ある建築家が独特の表現スタイルをもっていることにおいて、その作家「らしい」独自性を指す。その「らしさ」がブランドとなり世界の富裕層に流通して設計依頼が集中し、ついには人々の生活世界の基盤を支えるはずの建築本来の目的を忘却していくとしたら…。
 その具体例として、二〇一二年に決定した新国立競技場設計競技の最優秀賞の建築家ザハ・ハディドの案を挙げる。著者は、それが建築予定地の環境に適していないこと、この構造で実現すると予算をはるかに超えるのみならず、維持費が掛かり過ぎることを指摘する。ではなぜ選ばれたかといえば、五輪祭典にかなうスター建築家の「らしい」デザインを審査員たちが求めたからで、その後に五輪東京招致が決定したのも、ハディド案がそのための強力な売りモノになったからだという。
 この個性的で「らしい」表現の出発には、伝統から離れて前衛的な表現を試みた二十世紀前半のモダン建築家がいたが、彼らには、規格化を推し進めて安価で質の高い住宅を大量に提供しようとする社会変革家としての精神があった。しかし現代の「らしい」建築家たちはそれを喪失し世俗的な趣味性に陥っている、と著者はいう。この変貌をたどるために歴史学での、また建築史におけるモダニズム論を多くの文献によって検証している。
 ここでは、建築を「技術と普遍性」から捉えるのか、あるいは「独創と唯美性」に仮託するのかという、歴史的な背景をもつ対立構図が浮かび上がってくる。東日本大震災での仮設住宅にいまも八万人以上が暮らしている現在において、本書の批判は説得性に満ちている。建築界内部の話題に終わらせずに、一般の人々の中で議論されることを願うものである。
 ハディドのほか、安藤忠雄伊東豊雄、SANAA、フランク・ゲーリー石上純也レム・コールハースらの作品が俎上(そじょう)にあげられている。
 (青土社・2592円)
 いいじま・よういち 1959年生まれ。建築評論家。著書『建築と破壊』など。
◆もう1冊 
 槇文彦・大野秀敏編著『新国立競技場、何が問題か』(平凡社)。東京五輪の新施設建設をめぐる諸問題を環境や歴史から考える。
    −−「書評:『らしい』建築批判 飯島 洋一 著」、『朝日新聞』2014年10月19日(日)付。

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「らしい」建築批判
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