覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『その問題、経済学で解決できます。』=ウリ・ニーズィー、ジョン・A・リスト著」、『毎日新聞』2014年10月26日(日)付。

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今週の本棚:大竹文雄・評 『その問題、経済学で解決できます。』=ウリ・ニーズィー、ジョン・A・リスト著
毎日新聞 2014年10月26日 東京朝刊
 
 (東洋経済新報社・1944円)

 ◇インセンティブ効果を実地に実験

 保育園のお迎えの時間に遅れる親御さんたちに困っている保育園は多いだろう。この問題に対する標準的な経済学の解決策は、お迎えに遅れた親御さんに罰金を科せばいいというものだ。

 本当にそうだろうか。保育園のお迎え時刻に遅れてきた親から3ドルの罰金を取るということを実際にしてみた経済学者がいる。結果は、遅れてくる親が大幅に増えてしまった。しかも、罰金をいったん導入した保育園が罰金をやめても、遅れてくる親の数は元に戻らなかった。

 これは罰金制度の導入によって、保育園のお迎えに遅れることの意味を変えてしまったから生じたことだ。遅れてしまうということが保育士や子供に申し訳ないという罪の意識だったものが、3ドルという価格を払えば遅れることができるという市場インセンティブになったのだ。罰金額がもっと大きければ意図した結果になったかもしれない。

 罰金ではなく報酬でも同じようなことが言える。「お金はたっぷり支払うか、あるいはまったく支払わないかのどちらかでないといけない」のだ。興味深いのは、お金をうまく使うと最初はお金目当てで行動していた人でもそれが習慣になって、報酬がなくなってもよい習慣が継続することもあるということだ。ジムに行くという習慣がお金で形成されることが実験で確かめられているのだ。

 人のインセンティブをよく調べないと、思ったとおりには人は動いてくれない。どうすれば、人が何によって動くのかを明らかにできるだろうか。有効なのは、実験してみることだ。ところが、自然科学と違って、経済学では実験はあまり一般的ではなかった。実験ラボの中で被験者に経済的取引を行わせるという実験は行われてきた。しかし、実験ラボの結果から本当に現実の世の中での人の行動を予測できるのかということに疑問があったことは事実だ。

 そこに、革命を起こしたのが、ウリ・ニーズィーとジョン・A・リストというこの本の著者たちである。実社会での仕事や経営に自然科学のような実験の枠組みを設定して、仮説を検証していったのである。実験参加者と非参加者をランダムに選んで、実験的な枠組みの真の影響を統計的に分析するのだ。彼らが実際に行った実験の様々な結果が本書にまとめられている。驚くべきことが次々に分かってきた。

 先進国の多くでは、女性は男性よりも競争を好まないことが多くの実験で明らかにされてきた。しかし、これが生物学的な理由ではないことを見事な方法で明らかにする。母系社会であるインドのカーシ族と父系社会であるタンザニアのマサイ族で競争選好の実験をしてみせたのである。その結果、カーシ族では、女性は男性より競争を好むという結果が得られたのだ。

 教育手法の有効性については、今まであまり実験的な手法が使われてこなかった。彼らは、シカゴの学校で成績が上がったらご褒美をあげるというインセンティブの効果を大規模な実験で明らかにした。特に効果があるのは、あらかじめご褒美をあげておいて成績が下がったら取り上げるという方法だった。就学前教育の効果を計測するために、彼らは貧困世帯を対象にした異なるカリキュラムをもつ二つの保育園を作り、比較対象グループを作った上でその効果を検証している。本書を読めば、彼らの研究に資金を提供してくれるヘッジファンドの創業者が現れたのも納得できる。(望月衛訳)
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『その問題、経済学で解決できます。』=ウリ・ニーズィー、ジョン・A・リスト著」、『毎日新聞』2014年10月26日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141026ddm015070017000c.html






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その問題、経済学で解決できます。
ウリ ニーズィー ジョン・A. リスト
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