覚え書:「論説の目:文学館が打って出ている=重里徹也」、『毎日新聞』2014年11月04日(火)付。

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論説の目:文学館が打って出ている=重里徹也
毎日新聞 2014年11月04日 東京朝刊

 文化施設の中でも、文学館は地味な印象が強い。しかし、読書離れがいわれる中で、その豊かな潜在力を活用すべきなのではないか。少しずつ新しい動きは生まれている。キーワードは企画力と創意工夫だ。

 わが国で初めての本格的な文学館である日本近代文学館が東京・駒場に開館したのは1967年のこと。文献保存の必要性を痛感した川端康成高見順ら、文学者の熱心な設立運動が実ったものだった。全国文学館協議会によると、今では日本に670以上の文学館があるという。

 文学館の役割は多岐にわたる。まず、直筆原稿や愛用品、初版本、蔵書など資料の保存だ。これらを研究者に役立てたり、一般市民に展示したりもする。文学館自体が研究センターになることも望ましい。

 でも、今やこれだけでは物足りない。文学の読者は減っている。社会における存在感も小さくなってきた。それは想像力や考える力の低下を意味しないだろうか。嘆いてばかりもいられない。文学館こそ、一般市民をもっと文学に近づけるために積極果敢に打って出てほしいのだ。

 第一線で活躍する作家、池澤夏樹さんが今夏、北海道立文学館(札幌市)の館長に就任して注目された。「引っかき回すのが僕の仕事」と言う池澤さんの発想や人脈で、さまざまに新しい試みができるだろう。

 作家の朗読会やファンとの交流、シンポジウムはもちろん、北海道全体の文化風土を見つめ直す展覧会も発案する。また、興味深いのは、文学者に北海道に短期間滞在してもらい、短編小説や詩歌を書いてもらう考えだ。池澤さん自身がフランスで体験したことがあるという。

 次々に充実した企画展をする県立神奈川近代文学館横浜市)は今年、京都の立命館大と連携協定を結んだ。館長は作家の辻原登さん。資料のデジタル保存、人材育成、文学展の企画などを共同で進めていく。成果は市民に還元されるだろう。

 近代文学を代表する国民作家、夏目漱石の本格的な文学館がないことは実に不思議だ。この空白を埋めようと東京都新宿区が漱石生誕150年の2017年をめざして「漱石山房」記念館(仮称)の建設計画を進めている。書斎を復元するものだ。

 課題は1回行けば足る観光施設ではなく、いかに文化交流の拠点になれるか。現代人にとっても尽きぬ泉のように考える材料を与えてくれる漱石文学。斬新な企画を待ちたい。

 福井県立図書館内に来年2月にオープンするのは福井ふるさと文学館(仮称)。本の貸し出しと文学館の催しの連動も考える。中野重治水上勉から藤田宜永さんまで、「福井は人口の割には多くの文学者を輩出している」と県出身の作家、津村節子さん。県では地元在住の若い書き手の協力も得て、豊かな伝統を次の世代につなげたいという。

 他にも、映画や漫画、アニメなど、他の表現ジャンルとの交流の場になることも考えられる。新しい動きを期待を込めて見守りたい。 
    −−「論説の目:文学館が打って出ている=重里徹也」、『毎日新聞』2014年11月04日(火)付。

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