覚え書:「引用句辞典 トレンド編 [政治家の質の劣化]=鹿島茂」、『毎日新聞』2014年11月23日(日)付。

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引用句辞典
トレンド編
[政治家の質の劣化]
鹿島茂

唯一の防御策は間接選挙の導入

ワシントンの下院議場に入ってみれば、この大会議場の俗っぽさに驚愕の思いをするであろう。(中略)この議場のすぐそばに上院の扉が開いており、その狭い議場の中にアメリカの著名人の大多数がいる。そこにいるどの一人をとってみても、名声が記憶に新しい人がほとんどである。(中略)では、この巨大な相違はどこから来るのか。その説明として私は、ただ一つの事実しか見あたらない。下院の構成を決める選挙は直接選挙であるのに、上院を生み出すそれは二段階の手続きを踏むようになっている。
トクヴィルアメリカのデモクラシー』松本礼二訳、岩波文庫

 任期がまだ二年もあるというのに、また衆議院の選挙である。選挙経費は七百億円ともいわれるので、安倍首相は景気浮揚の一環として経済効果を狙っているのかもしれない。
 それはそうと、選挙のたびに感じるのはなにゆえに日本では政治家に優秀な人材が集まらないのかという根源的な疑問である。利権選挙がまかりとおっていた自民党長期政権時代と比べてさえ政治家の劣化が進んでいるように感じるのは私だけだろうか?
 では、優秀で倫理観もある政治家を生み出すにはどうしたらいいのか?
 この問題を解くヒントとなるのが、右のトクヴィルの観察である。トクヴィルは一八三〇年代にアメリカを訪れ、旧大陸とは異なる民主政治の有り様を見て回ったが、一番驚いたのは連邦議会の下院議員と上院議員の違いであった。
 まず下院はというと、「大半は田舎弁護士や小売商人で、最下層の階級に属する人々さえいる」。対するに上院は「雄弁な弁護士、すぐれた将軍、有能な法律家、またよく知られた政治家が議員となっている」。いったいこの違いはどこから来るのだろう、と問うて、トクヴィルは下院が直接選挙なのに対し、上院は各州の立法議会の議員たちが選挙母体となった間接選挙であることに気づく(一九一三年の憲法改正で上院も直接選挙になる)。「人民の意志は、この選出された合議体を通過するだけでいわば練りあげられ、より気高くより美しいカタチをとって出てくるのである」
 トクヴィルのこの言葉には一定の真実が含まれている。その証明となるのが、長期政権時代に自民党の派閥が果たした役割である。あの時代、衆議院は定員四、五人の中選挙区で、自民党の議員は党内党の派閥の支持を受けて選挙に臨み、やがて次期領袖の選挙人となるという構造を持っていた。そこには「練りあげ」の工程があったのだ。「三角大福中」時代はいまにして思えば、この「練りあげ」が正しく昨日していた時代だったといえるのである。
 ところが、小選挙区制の採用以来、この派閥による「練りあげ」が機能しなくなった。小選挙区で問われるのは与党か野党かの別だけで、派閥ではなくなったからだ。
 しかし、そうはいっても昔の中選挙区と派閥政治に戻すことは不可能だ。では、どんな方法があるのか? 衆議院を下院とし、衆議院議員の五選で参議院議員を選ぶことにして、参議院に上院としての大きな権力を与えるよう憲法を改正すればいいのである。
 直接選挙は議員の劣化を加速する。これを防ぐには間接選挙しかない。トクヴィルのこの結論を真剣に検討すべき時が来ているのではなかろうか?
(かしま・しげる=仏文学者)
    −−「引用句辞典 トレンド編 [政治家の質の劣化]=鹿島茂」、『毎日新聞』2014年11月23日(日)付。

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