覚え書:「今週の本棚・本と人:『暗黒寓話集』 著者・島田雅彦さん」、『毎日新聞』2014年11月30日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『暗黒寓話集』 著者・島田雅彦さん
毎日新聞 2014年11月30日 東京朝刊
 
 (文藝春秋・1458円)

 ◇現実こそ狂ったフィクションだ−−島田雅彦(しまだ・まさひこ)さん

 <たとえば、同じ電車にたまたま乗り合わせた乗客八人が、本書に収めた八つの寓話(ぐうわ)のような妄想世界に暮らしているのだとしたら、まだまだ世の中は捨てたものではない>。こんな口上で短編集の幕が開く。<声が大きい厚顔無恥な人の恫〓(どうかつ)的主張ばかりが目立ってしまう>ゆえのタイトル。「かつてはギャグにしかならなかった極右的発言を一国の宰相がして、取り巻きたちも盛り上がっている。現実こそ狂ったフィクションでしょう」と苦く笑う。救いようがないほど暗いお話が連続するが、読めばえも言われぬ安らぎとおかしみを覚えた。何なのだ、この読書体験は……?

 冒頭は「アイアン・ファミリー」。世襲によって「鉄」にかかわり続けてきた一族の88代にわたる系譜だ。各代ごとの生きざまを短く羅列するだけなのに、怖い。常に戦争に近い一族だからだが、戦争が男に置き換えられるくだりに目をむく。「透明人間の夢」は、無一文のカップルの絶望的な道行き。縁が切れていったあの人この人の今を、ふと思う瞬間は誰しもあるはず。現代的な応答が本作であり、生身の人間が文字通り透明になっていくさまに背筋が凍る。

 一転、地霊とか都市伝説にまつわる怖さが宿るのは「夢眠谷の秘密」。東京郊外のある丘陵地の数十年の変転が描かれる。オカルト的だが? 「それは当然。江戸は風水の知恵で設計されたんですから。要所に寺や神社を置いて気の流れをコントロールした。近代は土地の由緒由来を無視してきました」。経済成長が止まり、ニュータウンベッドタウンが用済みになりつつある今、「原発事故がなくても自然現象として廃虚化していく」というわけ。都市周縁の土地そのものが意思を持つかのように進む新陳代謝がリアルだ。

 異様な緊迫の一作は「CAの受難」。シドニー発成田行き旅客機の針路がおかしい。機長は操縦室に閉じこもり<−−戦争が始まる。これより当機は奇襲作戦を遂行する。中韓の横暴は私が許さない>と常軌を逸してしまった。機は墜落し、日本人女性の客室乗務員と中国人男性客、韓国人男性客の3人が救命いかだで漂流する。交代で眠りながら、思惑が交錯する。

 毒と悲しみに満ちる作品群だが、ラストではひと筋の光がともっている。言いたいことを言える社会を守るために、今こそ小説の力が要る。そう思わせる一冊がここにある。<文・鶴谷真/写真・矢頭智剛>
    −−「今週の本棚・本と人:『暗黒寓話集』 著者・島田雅彦さん」、『毎日新聞』2014年11月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141130ddm015070035000c.html





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