覚え書:「書評:<遊ぶ>ロシア ルイーズ・マクレイノルズ 著」、『東京新聞』2014年11月30日(日)付。
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<遊ぶ>ロシア ルイーズ・マクレイノルズ 著
2014年11月30日
◆帝政末期の大衆文化に光
[評者]大島幹雄=作家・サーカスプロモーター
ロシア文化、特に大衆芸能については注意深く見てきたつもりだったが、本書を読んで多くのことを初めて知り、未知の世界がこんなにあったのかと思い知らされた。ロシア文化の懐の深さに脱帽しながら、知ることの喜びを堪能させてもらった。
本書は工業化による都市の発展が顕著になった一八九〇年代の帝政末期から一九一七年の革命までのロシア文化を、独自の切り口で多面的に俯瞰(ふかん)したものである。大衆文化が開花したこの時代は、ロシアにとって束(つか)の間に終わったということもあり、いままで見逃されてきた。著者の視点がユニークなのは、都市に生きるミドルクラスたちの余暇の過ごし方という切り口を提示し、商業的な劇場や映画、健康ブームによるモダンスポーツ、温泉や団体旅行などの観光、さまざまな夜の歓楽などをとりあげ、多くの写真も用いて詳細かつ具体的に分析していることだ。
この時代の演劇といえば、日本の新劇に大きな影響を与えたモスクワ芸術座が有名であるが、著者はこれを素通りして、オストロフスキーという劇作家に注目する。彼の戯曲がミドルクラスのアイデンティティーのあり方を多様に描いていたこともあるが、さらに集客によって戯曲の報酬を決めるやり方を推進していたことに重点をおく。文化がビジネスと密接な関係にあることをはっきりと見定めた消費や娯楽や流行の視点は、いままでのロシア文化の考察にはなかったものである。
加えてサーカス映画の傑作『レスラーと道化師』のモデルとなったレスラーや「ロシアのバーナム」と呼ばれ、ナイトクラブをつくった興行師、そのクラブを舞台に歌ったカバレット歌手たちなど、なんとも魅惑的な芸能人たちが歴史の闇の底から掘り起こされ、生き生きと蘇(よみがえ)ってくる。こうした人物を丁寧に描くことによって、ロシア人の<遊ぶ文化>が見事に活写されることになった。
(高橋一彦ほか訳、法政大学出版局 ・ 7344円)
Louise McReynolds 1952年生まれ。アメリカのロシア文化史家。
◆もう1冊
水野忠夫著『ロシア文化ノート』(南雲堂フェニックス)。映画・文学・演劇・音楽など二十世紀のロシアの文化を展望した文集。
ーー「書評:<遊ぶ>ロシア ルイーズ・マクレイノルズ 著」、『東京新聞』2014年11月30日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014113002000177.html