覚え書:「赤瀬川原平の目 藤森照信さんが選ぶ本」、『朝日新聞』2014年12月07日(日)付。
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赤瀬川原平の目 藤森照信さんが選ぶ本
[掲載]2014年12月07日
(写真キャプション)赤瀬川さん(右)の自邸「ニラハウス」の屋根で、設計者の藤森さんと=1997年ごろ
■目玉でザラリと触るように
10月26日の朝、赤瀬川さんが消えた。この世から家出した。もう帰ってこないから、こちらから会いに行くしかない。
多くの活動をしたが、肩書を「作家・画家」と書かれると「画家・作家」と直していた。
作家としては芥川賞の『父が消えた』で知られるが、まず大切なのは画家の活動を作家として書いた『反芸術アンパン』(ちくま文庫、648円)と『東京ミキサー計画』(同、1026円)の2冊。
■爆風の記憶補う
日本の近代絵画は、明治以後、ヨーロッパの先端を追いかけてきたが、敗戦の混乱が収まった頃、独自の境地を拓(ひら)くアヴァンギャルド運動が出現する。具体、もの派、ネオ・ダダイズム・オルガナイザー、ハイレッド・センターなどと名乗り、名の通り正体不明にして危険感すら醸していた。現在、これらの過激で過剰な運動は世界的にも注目を集め、研究され始めているが、その時、まず読むべきはこの2冊となっている。
なぜなら、運動の当時、社会的には無視され、本人たちも“残す”などという保守的考えは無く、気が付くと実作は消えていたし、運動の坩堝(るつぼ)の中の灼熱(しゃくねつ)を生き生きと伝えるような記録も残されていない。あまりに激しい運動の爆風が、作品も記録も時には当事者たちさえも吹き飛ばしてしまったのだ。
そうした欠を、微細な記憶と文の力により補ってくれたのがこの2冊だった。戦後現代美術の『古事記』となるだろう。
運動の果てに、作品が「千円札事件」を引き寄せ、10回の公判を経て有罪。
■新しい文学拓く
事件のケリがつくと、イラストや漫画を描き始め、「櫻画報」を各誌に転々と連載し、「泰平小僧」と「馬オジサン」の名コンビが、権力と世俗を鋭い線で突っつく。この筋の仕事としては劇画「お座敷」と「おざ式」が決定的で、千葉市美術館で開催中の『赤瀬川原平の芸術原論展』のカタログに抄録。
父の死を機にGペンを万年筆に持ち替え、尾辻克彦の名で小説を書き始め、「父が消えた」で芥川賞受賞。身辺を描く点は私小説と似るが、人間関係への湿った視線はなく、町の風景や物体に目玉でザラリと触るような新しい文学を拓く。
たとえば「出口」は、ガマンしたウンコが家にたどり着く直前に路上で出てしまう話で、ウンコを体内の群衆に例えて「群衆が衣服の中を転がりながら、靴の入口(いりぐち)に達する。それがさらに靴の踵(かかと)を伝わり、歩く私を離れて、路上に移行したのが感じられた。……私は、私から分離していくものを振り返りもせずに、うつむいて歩き続けた。」
さらに万年筆をカメラに持ち替えた。町の中に潜むヘンな物体をトマソンと名付けてカメラで採集し、そこから路上観察学会が結成される。活動内容は、『超芸術トマソン』と『路上観察学入門』(ちくま文庫、842円)に詳しい。
カメラ時代に入っても万年筆は健在で、ベストセラー『老人力』や『赤瀬川原平の名画読本』(光文社知恵の森文庫、843円)を生む。後者は、美術史家の解説と異なり、自分の感覚を通して絵を語ることに成功した名著。この成果が、山下裕二との日本美術応援団へと続いてゆく。
こうした長い道のりを自伝的にたどったのが『全面自供!』(晶文社、3067円)で、聞き手は学生時代から寄り添ってきた編集者の松田哲夫。ウンコの話も再録されている。
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ふじもり・てるのぶ 建築史家・建築家 46年生まれ。『日本の近代建築』『藤森照信の茶室学』など。
−−「赤瀬川原平の目 藤森照信さんが選ぶ本」、『朝日新聞』2014年12月07日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2014120700001.html
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