覚え書:「2014衆院選:米中はどう見るか シーラ・スミスさん、李薇さん」、『朝日新聞』2014年12月11日(木)付。

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2014衆院選:米中はどう見るか シーラ・スミスさん、李薇さん
2014年12月11日

 安倍晋三首相が消費増税先送りを表明しての唐突な解散と、それに続く師走の衆院選。どう向き合えばよいか、日本の有権者に戸惑いもあるが、海外はどう見ているか。アメリカと中国で日本の動静を長年見つめてきた専門家に聞いた。

 ■リーダーシップ問う国民投票 シーラ・スミスさん(米外交問題評議会上級研究員)

 私のような海外の日本ウォッチャーにとって理解が難しいのは、なぜ消費税引き上げの先送りのために解散をしなければならないか、です。

 自民党公明党とあわせ3分の2以上の議席を持っていたわけですから、引き上げ時期を遅らせる小規模の法案を議会で簡単に成立させられます。大騒動を巻き起こす必要はないのです。

 ですから、解散する理由は、自民党が与党である期間を、あと4年間延ばすという「政治的計算」と、理解する以外にありません。

 野党は十分な選挙の準備ができていません。安倍首相の「政治的計算」が正しくて、自民党が大勝することは十分考えられます。

 ■米の関心は二つ

 ただ、日本の国民が、この衆院選をどうとらえるか、不透明な部分はあると思います。もし多くの人が、政治的な野心が強すぎる選挙だと感じたなら、自民党は、前回選挙で得た議席数までは確保できないかもしれない。

 あるいは、投票率が低くなるかもしれない。投票率は前回も60%を切る低さで、自民党は十分な信認を得られなかったとの見方があります。今回も、そうなってしまうリスクはあります。

 2005年、小泉純一郎首相は、衆院解散で「私がやろうとしている郵政改革に賛成か、反対か」と問いかけました。

 今回の解散もやや似ています。結局のところ「安倍首相のリーダーシップに賛成か、反対か」を問う国民投票だといえるのではないでしょうか。

 消費増税の延期や、日本の経済は良くなっているかを問う国民投票とも言えますが、かなり複雑で、答えるのが難しい問いです。

 米国の選挙でも、経済は大きなテーマです。米国では毎回の選挙で「昨日よりも今日の暮らしが良くなっているかどうか」が、投票の際に重視されます。

 ただ、日本は、人口減少という米国などにはない難問を抱えています。経済を持続可能にするには、高齢者や女性の力の活用や、移民受け入れの検討が必要だと思います。アベノミクスの「第3の矢」にあたる構造改革ですが、実現には時間がかかります。今回、有権者が何をもとに投票先を決めるのか興味深いです。

 米国の政策立案者は、今回の衆院選について、とりわけ二つの点に関心を持っています。

 一つは、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が今後どうなるか、です。選挙結果によって日本政府の取り組みがどう変わるのか。ワシントンには、自民党議席を減らせばTPP交渉がやりにくくなると心配する人もいます。

 もう一つは、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の見直し問題です。指針そのものよりも、安倍政権が行った集団的自衛権行使を容認する閣議決定が、どの程度この選挙に影響するのか、そこに注目しています。

 ■和解への戦略を

 一般論でいって、安定した政権を持つことは、日本にとって良いことだと思います。毎年のように首相が代わるようだと、多くの政策課題を進めることができないからです。しかし、その安定政権は北東アジア和解のための戦略を持つ政権である必要があります。

 安倍首相が、海外の多くの国を訪ねているのは良いことです。ただ、つまるところ、日本の安全保障は隣国と良い関係を結べるかどうかにかかっています。

 台頭する中国は日本がかつてつきあったような友好的な国ではなく、全く別の国になっています。

日米が協力して、対処していかなければなりません。

 韓国との関係は、もっと深刻です。日本も韓国も、米国の同盟国なのに。これ以上、日本と韓国が疎遠であり続ければ、今後の緊張緩和をとても難しくします。

 靖国神社への参拝などの歴史問題が、日本外交のトゲとなっています。これは単に、過去の痛みをどう乗りこえるか、ということにとどまりません。隣国との和解によって、日本は将来の戦略の選択肢を広げることができるのです。

 その戦略について、日本と米国が共通の理解をもつことが、北東アジアの安定をもたらしていくことになると思います。

 (聞き手 アメリカ総局長・山脇岳志)

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 Sheila A. Smith 専門は日本政治・外交政策コロンビア大学で博士号(政治学)を取得。ボストン大などを経て現職。東大、慶大、琉球大でも研究した経験がある。

 ■アメよりも構造改革の論争を 李薇さん(中国社会科学院日本研究所所長)

 衆議院の解散は予想外のことでした。日本銀行が金融緩和策の第2弾を打ち出した直後の解散は、安倍首相自身が、今の経済政策がうまくいっていないことに気づいているからだと思います。いまのうちに解散しないと長期政権維持が難しくなり、政権にとって不利になると考えたのでしょう。

 日本は先進国の中でも消費税率が極めて低く、高齢化の進展は速い。増税をしないと国家予算の社会保障費の財源は足りません。日本には消費増税が必要です。政治家は本来、国民に個人負担が増えるという覚悟を正面から伝えなければいけないのに、増税を先送りにしたことで、選挙という行為と国家の重要な課題とが乖離(かいり)してしまったようにみえます。

 さらに問題なのは、野党が安倍政権よりも良い経済政策を示せていないことです。政権に求められるのは金融緩和のようなアメを与える政策ではなく、日本の構造にメスを入れる改革だと思います。その改革には数年単位の時間が必要で、非常な困難を伴います。

 選挙への国民の関心もまさに経済政策の中身と今後の見通しにあるはずなのに、今のところ、具体的な政策論争になっていません。

 ■「右傾化」を懸念

 中国の国民は当初、安倍首相の思想をよく知らないこともあり、第1次内閣で最初に中国を訪問したことで「中国に友好的だ」という印象を持ちました。第2次内閣発足当初も「友好的であれば釣魚島(尖閣諸島の中国名)問題で中国を刺激するようなことはしないだろう」との期待がありました。

 ですから、その安倍首相が靖国神社に参拝したり、「侵略の定義は定まっていない」などと発言したりしたことは意外であり、失望感も非常に強かったのです。最近、米国の学者と意見交換した時、彼らも「日本政治の右傾化」を懸念していました。

 安倍首相は、「(アジア諸国に対し、植民地支配と侵略への反省とおわびを表明した)村山談話を受け継ぐ」としつつも、来年の戦後70周年で新たな談話を出す方針を示しています。談話のどこに重きをおき、過去の談話とどう違うのかに私たちは注目しています。日本国民が知らないうちに、国の方向を変えていく可能性があるとみているからです。

 中日関係は国交正常化から42年がたち、大きく変わりました。特に2010年に中国が国内総生産(GDP)で日本を抜き、両国の力関係に変化が出たことが大きな転機になったと思います。中国と日本の関係はもう過去のような関係ではなくなりました。

 中日首脳会談も性質が変わり、これまでは「友好関係だから会う」か「関係改善の見込みがあるから会う」でしたが、11月の習近平(シーチンピン)国家主席と安倍首相との会談は、そのどちらでもなく、「立場を伝えるためだけに会う」会見でした。問題は何も解決していませんが、これだけ関係が複雑となって、悪化すれば、会うだけの会見にも意味はあるのです。

 中国からみて、日本との関係が変わった最大の原因は、台頭する中国を安倍政権が「抑止」の対象と位置づけるようになったためです。対中戦略の目標を「抑止」に据えた上で、集団的自衛権行使を容認したことで、中国の日本への不信感は増幅しました。

 ■不信拭う対話を

 日本の国民が平和を望み、戦争を起こしたくないと思っていることは中国人もわかっています。ですが、日本政府の一部の戦略エリートには極端に走る傾向があり、彼らの判断によっては中日間の衝突が起きる可能性もあります。

 中日間にハイレベルの「安全戦略対話」を構築することを提案します。これはウィンウィン(ともに勝つ)を目指す戦略的互恵関係や偶発的な衝突を回避する危機管理メカニズムとは異なり、相手の不信感を和らげるために、双方が自国の戦略的な意図を説明し、相手の行動への懸念を伝える対話の枠組みです。

 中国国内には、日本は米国のアジア戦略に組み込まれているので米国と対話しておけばいいという意見もありますが、中日間でも説明しあうことができれば誤解は少なくなるはず。相手が何を考えているか分からないでいるのは危険です。

 (聞き手 中国総局員・倉重奈苗)

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 リーウェイ 82年から32年間、中国政府系研究機関の中国社会科学院で、日本の民法、商法や経済を研究。政界に知己も多く、日本通で知られる。
    −−「2014衆院選:米中はどう見るか シーラ・スミスさん、李薇さん」、『朝日新聞』2014年12月11日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11500633.html


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