覚え書:「2014衆院選:子育て支援の死角 石川結貴さん、川上未映子さん、西川正さん」、『朝日新聞』2014年12月13日(土)付。

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2014衆院選子育て支援の死角 石川結貴さん、川上未映子さん、西川正さん
2014年12月13日

 衆院選の公約で、ほとんどの党が「待機児童解消」などの子育て支援策を掲げている。根っこから考え直してみよう。打ち出されている支援策で十分か。死角はないだろうか。

 

 ■親も子も見守る仕組みを 石川結貴さん(ジャーナリスト)

 先月20日、3歳の長女を衰弱死させたとして、大阪府に住む両親が逮捕されました。長女は食べ物を与えられず、タマネギの皮や蝋(ろう)まで口にしていた。親を責める声は多かったのですが、もっと注意を向けるべきなのは「19歳」という母親の年齢ではないか。彼女は15歳の時に未婚で長女を産んだ後、長女の父親とは別の男性と結婚し、すでに1歳の長男もいる。

 経済的にも精神的にも未熟な若い親が安定した家庭を築くのは困難でしょう。周囲の人々や行政が、より積極的にこの家庭に関わるべきではなかったか。虐待や育児放棄が後を絶たないのは、従来の対応が対症療法にとどまり、根本的な対策が講じられていないからではないか。

 2008年には改正児童虐待防止法が施行され、虐待が疑われる家庭を児童相談所が強制的に立ち入り調査できるようになりました。でも、実際に行われた強制調査は6年間で計7件。大きな理由は、法的手続きに手間と時間がかかり、緊急を要する場合にはかえって手遅れになりかねないからです。

 安倍政権は来年度から「子ども・子育て支援新制度」をスタートさせ、認可保育所に入れない2万人以上の待機児童を解消する、としています。待機児童問題の深刻さは言うまでもありませんが、同時に忘れてはいけないのは、児童手当などの既存の子育て支援さえ、どうやって受ければいいのか分からない、あるいはその存在さえ知らない親が少なからずいることです。

 こうした親の多くは生活水準や社会適応力が低く、なかなか選挙に行かない。格差の拡大を象徴するような存在ですが、政治からは無視されがちです。だけどその背後には、選挙権もなければ「助けて」と訴えることもできない子どもたちが、たくさんいるのです。

 支援に結びつかない親子にどう手を差し伸べるのか。私が提案したいのは、生まれてくるすべての子に、介護保険のケアマネジャーに相当するような「子育てマネジャー」をつけ、継続的に見守ることです。

 乳幼児健診を受診しているか、児童手当の申請や就学・進学の手続きを進めているかなどを確認し、その手伝いをしたり、子育ての相談に乗ったりする。ふだんから関係をつくっておけば、虐待などの兆候も察知しやすいはずです。

 実際には、こうしたサポートが不要な家庭も多いでしょう。その分の労力を、本当に支援が必要な家庭に振り向ければいい。税金はかかりますが、問題を抱えた親子を放置する限り、虐待はなくならない。家庭や学校で十分な教育を受けられなかった子どもたちが将来、就労できず生活困窮に陥る可能性も否定できません。未来のために必要な投資ではないでしょうか。

 (聞き手・太田啓之)

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 いしかわゆうき 61年生まれ。自身の子育て経験をもとに、90年から家族や子育て、児童虐待問題について取材。著書「ルポ・子どもの無縁社会」「心の強い子どもを育てる」など多数。

 

 ■母親苦しめる責任の意識 川上未映子さん(作家)

 2歳半の息子が生後3カ月のころ、育児も家事も仕事も完璧にしなければと、気負っていました。2時間ごとの授乳で眠る間もないのに同業の夫のおかずを5品作る。産休も育休もとらず、ひたすら執筆しました。

 その間、息子はシッターさんに預けて。作家デビューから6年目、死にもの狂いでやってきた自分へのプライドと、妙な強迫観念に突き動かされていたように記憶しています。

 まもなく、心身に不調をきたしました。やたらと涙がこぼれるし、被害妄想気味になるし。産後クライシスって本当にあるんだ、人間はホルモンの奴隷だと実感しました。産む前は、子供がいても合理的にやっていけると思っていたのですが、甘かった。息子がかわいくて仕方なかった至福の日々と隣り合わせに、葛藤と模索が続きました。

 それでも私たち夫婦はともに在宅で融通がききます。息子も生後11カ月から都の認証保育所に入ることができた。様々な点で恵まれているわけです。出産後、SNSなどを通じてしみじみわかったのは、この国のワーキングマザーのしんどさです。

 待機児童数を減らす政策ばかりが報じられ、もちろんそれも重要ですが、母親たちを苦しめている根っこは、家事と育児は女性の責任という意識では? 社会的にも、そして厄介なことに、女性自身にもその意識が染み込んでいる。私もそのひとりです。

 構造的問題も大きいでしょう。長時間労働が当然の企業風土。シッターや掃除などの外注サービスの利用が可能なのは一握りで、多くの女性労働者は非正規職。安く使い倒されている。くじけそうになる人たちが増えても不思議はありません。

 今回の選挙、政党がどこも、子育て支援や女性政策をうたっていること自体は歓迎です。ただ具体的にどんな形で進めるのかが見えない。子供を産まないことを問題視する大臣の発言も飛び出したばかり。この世の中に子供を誕生させることの現実的な不安が、本当にわかってないとあきれます。

 野党にしても、政権を担ったときに政策実現できるノウハウはあるのか、支持するための確信がもてない。社会を変えたい気持ちはあるけど、「入れる政党がない」と、あきらめ顔の子育て世代がとても多いです。

 子供の育つ環境を考えるとき、私自身の関心は憲法原発や次の東京五輪後のことにまで広がっていきます。生活の変化でいうと、子供が保育園から帰宅した平日夜と週末は仕事をするのをやめました。家事、育児、仕事を、今までどおり並立してやるのは無理だとはっきりわかったからです。世の中のしくみや意識を本気で変え、子供の未来を見つめる意思があるのか。じっくり問いたいと思います。

 (聞き手・藤生京子)

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 かわかみみえこ 76年生まれ。08年、「乳と卵」で芥川賞。他に「愛の夢とか」(谷崎潤一郎賞)など。作家・阿部和重氏との間に男児を出産、エッセー「きみは赤ちゃん」が今年話題に。

 

 ■「遊び」生む政策が必要だ 西川正さん(NPO法人理事)

 「おとうさんのヤキイモタイム」というキャンペーンを、所属するNPOで2005年から行っています。たき火で緊張をほぐし、甘いお芋を食べて子育て中の父親たちを地域でつなごう、という趣旨で埼玉県の各地で開催し、これまで延べ5万人以上が参加しました。

 続けていてうれしいのは、卒園式などで自分の子以外の子の晴れ姿を見て泣くお父さんがいることです。子供たちと一緒にお芋を食べ、遊ぶことを重ねる中で、父親たちもまた「地域の子供」の成長を一緒に見守り喜べる「地域の大人」になっているのだと思います。

 長女の子育て中、赤ん坊もずっと向き合っていると、だんだんうとましく感じるものだと気づきました。仕事よりもずっと大変でした。そして、行き詰まったとき一緒に見てくれる人がいると、ずいぶん楽になることも知りました。

 しかし、地域では人と人とのつながりが弱まる一方です。たき火をすると「煙が来る」「危険だ」という苦情を役所に通報する人が増え、顔を合わせて、折り合っていこうという気風はどんどん薄れてきました。その結果、多くの公園には禁止の立て看板があふれています。

 子供は本来、迷惑をかけながら、成長していきます。しかし現代は苦情に満ちた社会。大人も子供もみな自分が責められたくないと緊張し、小さなケガやケンカすら許容できません。

 多くの人がかかわる共同の営みだった子育てや教育もお金で買おうとする傾向が強まりました。「お金を払っているのだからサービスの要求は当然」という「消費者化」した親のふるまいが保育者や教師の気持ちを萎縮させています。こうした親たちの「お客さん」としての姿勢が孤立と隣り合わせなのです。

 子供は毎日ろくなことをしません。昔も今も同じです。問題は、大人にそれがどう見えるかだと思います。車のハンドルに遊び(余裕)があるように、人々の気持ちに少しの遊びがあれば、そんな子供たちのふるまいがおかしく見えてきます。

 安倍政権は「地方創生」を掲げてもっと経済を、といいますが、それだけでは子育てが楽しいと感じる親は増えません。気持ちに遊びをつくるには、雇用を安定させ、時間を確保することです。「ワーク・ライフ・バランス」を確立する政策を進めることが急務です。「会社にもっと女性を」というなら、「家庭、地域にもっと男性を」といいたい。働き方を改め、男女がともにかかわれる条件をつくるべきです。仕事以外は女性の問題としてきた結果が、今日の少子化なのではないでしょうか。

 近所の人とたき火を囲んで、ゆっくりおしゃべりができる。そんな時間を取り戻したいのです。

 (聞き手・古屋聡一)

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 にしかわただし 67年生まれ。市民参加型の街づくりを提唱する認定NPO法人「ハンズオン埼玉」常務理事。地域での子育てを呼びかけるさいたま市発行の「父子手帖」を企画編集。
    −−「2014衆院選子育て支援の死角 石川結貴さん、川上未映子さん、西川正さん」、『朝日新聞』2014年12月13日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11504395.html






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