覚え書:「ニュースの扉:鴻上尚史さんと歩く予備校 浪人生が減少、ブースで映像授業」、『朝日新聞』2014年12月22日(月)付。

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ニュースの扉:鴻上尚史さんと歩く予備校 浪人生が減少、ブースで映像授業
2014年12月22日

(写真キャプション)ブースで映像授業を体験する鴻上尚史さん=東京都新宿区の東進ハイスクール新宿エルタワー

 センター試験(1月17日・18日実施)まで1カ月を切り、予備校の冬期講習もかき入れ時だが、大教室での授業は今や昔、最近はスタジオで収録されたものをパソコンで見ることが増えているらしい。その先鞭(せんべん)をつけた東進ハイスクールを、浪人経験を踏まえた小説「八月の犬は二度吠(ほ)える」もある、劇作家で演出家の鴻上尚史さんと訪ねた。

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 12月上旬、冬期講習中の東進新宿エルタワー校の教室。この校舎の生徒は現役生なので、平日正午の教室は閑散としていた。座席ごとにパーティションで区切られたブースにはパソコン。スタジオで収録された講師による映像授業を、校舎に常駐する担任の職員らと相談して選ぶ。対面の授業はほとんどない。

 愛媛の高校を卒業後、寮生活をしながら京都の予備校に通い、早稲田大法学部に合格した鴻上さん。ブースで「来た時より綺麗(きれい)な机に」という貼り紙を見つけ、「(予備校が舞台のドラマを作るときでも)ここまで思いつかない。リアルでいい」と笑う。

 早速、「今でしょ」で時の人になった現代文講師の林修さんのセンター試験対策講座を体験した。画面の中で林さんは身ぶり手ぶりを交えて攻略法を説明する。見終わるや否や、鴻上さんは「すがすがしい」と口にした。「受験は技術。余計なことは言わず、技術を磨いて勝ちましょうねと言っていて、すごく分かりやすい」。建前が横行しがちな学校と違い、予備校は本音の勝負。だから「好きになった先生は、高校より予備校の方が多かった」と言う。

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 東進は全国94校とフランチャイズの衛星予備校895校で映像授業を提供(11月末時点)。授業数は1万5千で、毎年3千〜4千が更新される。東進の運営会社ナガセの市村秀二・上級執行役員は「生徒によってレベルも時間の使い方も違う。映像の授業の方がカリキュラムやスケジュールを個々人に合った形で提供できる。地域格差がなく、教育の機会均等にもなる」と話す。

 スタジオ収録なので、講師の手元を映し、問題を解く過程を可視化するといった工夫も。

 演劇のワークショップなどをしばしば開く鴻上さんは、「生徒が30人くらいなら、一人ひとりの疑問に答えられる。でも、100人、200人になると、教える方が混乱してしまう。大教室の授業よりこのスタイルの方がいい」と評する。

 談話スペースで昼食中だった早稲田大志望の高3男子は、「慣れると、映像授業への違和感はない。停止や再生ができるので、寝るときは止めるし」と話す。鴻上さんは「大教室の授業では、座っているだけなのに勉強したという錯覚に陥りがち。パソコンの前で寝てしまうと、サボっている実感が出て、責め苦が強いのでいい」。

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 少子化で18歳人口が減り、えり好みをしなければ誰でも進学できる「大学全入時代」。1990年度に約40万人いた浪人は、今年度は約5万人しかいない。代々木ゼミナールは8月、全国27の校舎のうち20を来春閉鎖すると発表し、時代の変化をまざまざと見せた。

 浪人のメインは、東大や国公立理系といった難関にこだわる層とされる。教室に居合わせた立教大を目指す高3女子も「就職を考えると、私大文系は浪人できない。世間体もあるし」。鴻上さんは「世間体って久しぶりに聞いたなあ」と破顔した。

 (文・岩田智博、写真・上田潤)

 ■鴻上の目 「空白の時間」の重要さ

 浪人生がここまで減ったと聞いて驚きました。大学全入時代になったことや、昨今の経済事情の影響もあるのでしょう。それでも、浪人して予備校に通った僕は「浪人の意義」を感じています。

 僕たちの時代は、現役で入ろうと思っていたのに不合格になり、やむなく浪人した人が多かった。当時の浪人は、日本社会ではすごく珍しい、定義され得ない時間でした。

 多くの日本人が、現役で大学に入り、新卒で就職し、60歳で定年という「名付けられた時間」を生きることを強いられてきました。今でもそうした傾向は強い。だからこそ、「空白の時間」である浪人には意味があった。

 予備校時代の最後に自主的な卒業式が行われ、信頼する先生に花束を渡した。「これが本当の卒業式だな」と感じました。あなたの授業のおかげで充実した勉強ができて、本当に世話になったという感謝に満ち満ちていた。その空間に「偽善」はありませんでした。

 でも、一浪が「ひとなみ」と読まれ、当たり前になった90年代は、浪人が高校の延長として組み込まれた時間になってしまった。それでは価値がない。浪人が減った背景には、そうした変化もあるのではないでしょうか。

 年が明けると、センター試験です。受験生には、受験勉強をすることで、本当に大切な勉強と、受験のためのムダな勉強を見分ける素地をつくってほしい。本当に大切なことは大学に入ってから始まるので、今は苦しくても乗り越えて下さい。

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 こうかみ・しょうじ 1958年生まれ。81年、劇団「第三舞台」を結成し、小劇場ブームをリード。岸田国士戯曲賞など受賞。

 ◆キーワード

 <大学受験> この20年間で18歳人口は約3分の2になったが、大学進学率が5割を超えたため、入学者数はほぼ同じ。現役合格が増え、浪人はピーク時の約8分の1まで減った。東大は2016年度入試から現在の後期日程に代えて推薦入試を導入。センター試験も早ければ20年度に、思考力重視の「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)に変わる予定だ。

 ◇「ニュースの扉」は来週休みます。次回は1月5日で、「養老孟司さんと訪ねる理研」の予定です。 
    −−「ニュースの扉:鴻上尚史さんと歩く予備校 浪人生が減少、ブースで映像授業」、『朝日新聞』2014年12月22日(月)付。

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