覚え書:「インタビュー:欧州、この10年 前欧州委員長、ジョゼ・マヌエル・バローゾさん=訂正あり」、『朝日新聞』2014年12月23日(水)付。


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インタビュー:欧州、この10年 前欧州委員長、ジョゼ・マヌエル・バローゾさん=訂正あり
2014年12月23日

(写真キャプション)28カ国を相手にするには「精神的、肉体的な抵抗力、自分は正しいと思う信念と情熱が大切です」=ブリュッセルのトーンホテル、高橋雄大撮影


 欧州連合(EU)の「首相」にあたるバローゾ欧州委員長が10月に退任した。10年の任期の間、EUは「ユーロ危機」に直面し、分裂の瀬戸際にいるともいわれた。現在も、内は反EU勢力、外はウクライナ危機をめぐるロシアの脅威に直面している。混沌(こんとん)とした時代にEUは、そして世界はどこに向かうのか。バローゾ氏に聞いた。

 《ユーロ危機は、2009年にギリシャ財政赤字粉飾が発覚して以降、拡大した。ギリシャアイルランドなどは国の借金を返せなくなるのではないかと市場から疑われ、国債を売り浴びせられた。EUは国際通貨基金IMF)と連携して危機に陥った国にお金を貸し、防波堤になった。EUが支援した国はスペインなど5カ国に及んだ。》

 ――最も厳しい局面はいつでしたか。

 「一つは、(11年11月の)仏カンヌの主要20カ国・地域(G20)首脳会議のときです。ギリシャアイルランドだけでなく、イタリアまで(国債が売り込まれるという)市場の攻撃にさらされていました。特にドイツとフランスは、イタリアにIMFの支援プログラムを受けさせることを望んでいました」

 「私はイタリアの(財政)改革の監視役としてIMFを関与させるのは良くても、支援プログラムの下に置くことには絶対に反対でした。イタリアは世界有数の経済大国。そこが支援を受ければ、市場に悪いメッセージを送ると考えたのです。オバマ米大統領も支持してくれ、米独仏とEUで非公式会合を重ねました」

 《イタリアはIMF財政再建を「監視」されることにはなったが、金融支援を受けることはなかった。危機は徐々に収束していった。》

 ――一時のような危機は遠のきました。しかし、公共サービス削減と増税が同時に進む構造改革を強いられたギリシャなど「南」の国々と、弱い他国を助けるために自国の税金を使われるドイツなど「北」の国々との間で、根本的な対立は深まったようにみえます。

 「危機はなぜギリシャアイルランド、スペインなど特定の国に及んだのか。よく見ると、これらの国々は危機の前から競争力を失っていたのです。公的債務が大きかった国がありました。アイルランドやスペインはバブルに陥っていました。危機の前から彼らは競争力を失っており、だからこそ市場は、これらの国々が借金を支払えるのかどうか疑問を抱いたのです」

 ――ご自身の出身国であるポルトガル国債が市場で売り浴びせられ、EUの支援を受けましたね。

 「ポルトガルについては注意深く追い、感情的になったこともありました。直面する困難や犠牲が分かっていたからです。同時に欧州委員長として、私の役割はEUの利益を守ることでした」

 「だからこそ、私は(加盟国に)『(EUとして)連帯し、(そのために各国は自分の)責任を果たそう』というメッセージを送り続けたのです。裕福な国からは『他国のためにもっとお金を使おうとしている』と言われ、最も脆弱(ぜいじゃく)な国からは『さらなる犠牲を要求している』と批判されました。でもそれは、連帯と責任の正しいバランスなのです」

 《5月の欧州議会選で「脱ユーロ」「反EU」を掲げるEU懐疑派の議席数が3割に上った。》

 ――ユーロ危機がもたらした「北」と「南」の対立や各国の不満は、欧州議会におけるEU懐疑派の台頭という結果をもたらしたのではないですか。

 「経済状況が悪く失業が増大しているときは、ポピュリストや過激派、ネガティブな愛国主義者が出てくるものです。確かにEU懐疑派はいくぶん勢力を広げてはいますが、問題を誇張してはいけません。国家主義的な政策をとることは間違いであり、我々の統合を壊すことになります。EUの域内総生産(GDP)は、米国、中国より大きく、世界最大です。EU懐疑派は根本的に間違っていて、人々の不安につけ込んでいるのです」

 《EUがいま直面する最大の課題は、ロシアの脅威だ。発端は、ウクライナのヤヌコビッチ政権が昨年11月、EUと経済連携を深める協定の締結を断念したことだった。ロシアの反対が背景だったが、この決断に反体制運動が激化。政権は2月に崩壊した。ロシアは3月、ウクライナクリミア半島の併合を宣言するなど欧州と鋭く対立。欧州は厳しい制裁を科し、欧州とロシアとの関係はここ20年来最悪といわれる。》

 ――在任中、ロシアのプーチン大統領と二十数回も会談しました。以前、インタビューで「プーチンは変わった」と話していましたね。

 「プーチン氏は2度目に大統領になったころから、権力を主張するために愛国主義的な表現を使うようになりました。リーダーシップの取り方が明らかに変わり、経済成長や近代化にあまり言及しなくなりました。代わりに軍事力強化や対立を強調するようになりました」

 「ウクライナ北大西洋条約機構NATO)に加盟することは認めないという立場でしたが、ウクライナのEU加盟については、私にも『原則的に反対ではない』と言っていました。ウクライナからEUへの加盟申請があったのですが、私たちは『あなたたちは経済的にも政治的にも準備が整っていない』と回答し、『(まずは)政治的連携や経済統合から』と提案しました。そのときにロシアが介入してきたのです。それは(ロシアの姿勢の)根本的な転換です」

 ――ロシアからのガス輸入に依存する加盟国が多いだけに、対ロ制裁では各国に温度差があります。

 「エネルギー分野で加盟国は立場が異なり、全く同じ意見を持つことは期待できません。注目すべきは、それでも全ての制裁で合意していることです。EUがなければ、欧州はとうに分断されていたでしょう」

 「どの国も、制裁に参加しなければ対価を払うことになると分かっています。1カ国か2カ国は『制裁には同意できないが、多数が望んでいるなら反対はしない』と言います。これはEUの精神を象徴していて、EUが機能するためのコツです。自分は反対でも、団結を崩したくはないということなのです」

 ――東アジアでも、日本と、中国や韓国など近隣国との間に緊張が続いています。

 「地域の各国がネガティブな表現を避け、冷静に、緊張を緩和する努力をするべきです。どの国も過去には良いことも、悪いこともしています。歴史を他国への攻撃に使う代わりに、我々は未来を見るべきです」

 「第2次世界大戦で、欧州ほど憎悪と破壊を経験した地域はありません。いまは戦争なんて想像もできない。アジアでも同じことができると望んでいます。日本を含むアジアの首脳と率直に語り合いましたが、みなさんが過去の記憶を掘り起こすのでなく、未来へのビジョンを持つよう願っています」

 ――世界中で横行する過激派や排外主義、愛国主義に、どう向かい合えばいいでしょうか。

 「ヒロシマナガサキという悲劇を経験した日本のような国が同じ過去を繰り返さないために、きちんと歴史を認識することが重要です。欧州の2度の大戦の原因の一つは、愛国主義や過激主義でした。愛国主義にも、良い意味のパトリオティズムと悪い意味のナショナリズムがあります。日本の文化や文明に誇りを持つのは健全です。が、狭隘(きょうあい)なナショナリズムや他者よりも優位だという考えは、非常にマイナスです。良心と教養がある人々が、良い意味の愛国主義の価値を守り、原理主義を否定しなければなりません」

 「宗教を利用して、人間の尊厳を抑圧することは断固として拒否しなければなりません。価値があるのは男と女と子ども。つまり人間、そして人間の尊厳です。国家は人為的な創造物です。EUは、人々が平和と自由を享受し、繁栄と安全の中で暮らす権利を維持するための壮大なプロジェクトです」

 「国家の目的やイデオロギーの実現のために個人が存在すると考えた時、全体主義が始まるからです。国家も、民主主義も、EUでさえ、個人に仕えるために存在します。順序が逆になることなんてありません」

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 Jose Manuel Barroso 1956年、リスボン生まれ。ポルトガル外相、首相などをへて、2004年11月に欧州委員長に就任し、今年10月末に退任した。3人の息子の父。

 ■取材を終えて

 午前6時から各紙に目を通すハードワーカーと聞いていた。官僚的で堅物というイメージが強く、欧州のマスコミから批判されることも多かった。だが、国家と個人の関係を語る時、声には熱がこもり、何度も身を乗り出した。ウクライナ危機の会見で繰り返した自由と平和の大切さは、青年期、ポルトガル独裁政権を経験した自身の信念に基づいていたのだと実感した。最後は28カ国まで拡大した加盟国を10年まとめてきた知恵は学ぶところが大きい。「価値があるのは男と女、子ども、つまり人間だ」という言葉は重かった。

 (ブリュッセル支局長・吉田美智子)

 <訂正> 23日付「欧州 この10年」のインタビューで、元ポルトガル首相で前欧州委員長の名前の表記を、「ホセ・マヌエル・バローゾ」としましたが、ポルトガル語の発音に従えば、「ジョゼ・マヌエル・バローゾ」が適切でした。訂正しておわびします。    −−「インタビュー:欧州、この10年 前欧州委員長、ジョゼ・マヌエル・バローゾさん=訂正あり」、『朝日新聞』2014年12月23日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11520685.html





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