覚え書:「書評:死に支度 瀬戸内 寂聴 著」、『東京新聞』2015年01月11日(日)付。

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死に支度 瀬戸内 寂聴 著

2015年1月11日

 
◆根源的な思想が奔騰
[評者]齋藤愼爾俳人・文芸評論家
 「家出」と「出家」−同じ文字をひっくり返した酷烈な道を二つながら選び、作家として、宗教家として、烈(はげ)しくも真摯(しんし)に生きてきた著者九十二歳の長篇小説である。緻密に構成された十二章には、それぞれ象徴的な表題がつく。例えば「春の革命」の章は、寂庵に長年勤めてきた四人のスタッフが突然、辞意を表明したことに端を発し、<私>がひとり残ったモナと「最後の革命」すなわち「自己革命」を決意することの暗示がある。
 新しい宗教文学の生誕と言ってみたい。私小説だが、太宰治の『ヴィヨンの妻』と同じく無形の宗教性、根源的な思想性が奔騰している。六十六歳下のモナと原初の存在で出会っている光景は、さながら仏典の言行録を目撃する心地になる。「センセも新しいようで結構旧(ふる)いんだ」と揶揄(やゆ)されながら、「青鞜(せいとう)」の群像を回想する場面は<私>の内的遍歴が二重化することとなり、感慨はいや増す。
 モナを全的に<私>が受容するところで、「自己革命」は成就したのであろう。「ああ、死にたい!」と呻(うめ)いていた<私>が後半、死を口にしないのがその証左である。親鸞に倣えば、<私>は「還相」の視線でモナや世界を見る思想的境位に至ったことになる。
 死者となった有縁の人々や無名の衆生への鎮魂と救済を祈念する浄土からの視線が一隅を照射しているのを感じる。
講談社・1512円)
 せとうち・じゃくちょう 1922年生まれ。作家・僧侶。著書『爛』『風景』など。
◆もう1冊 
 瀬戸内寂聴著『夏の終り』(新潮文庫)。妻子のある作家、年下の男との二つの愛に悩む女の姿を描いた私小説集。
    −−「書評:死に支度 瀬戸内 寂聴 著」、『東京新聞』2015年01月11日(日)付。

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