覚え書:「特集ワイド:社内失業しないためにも…今年こそ!独学」、『毎日新聞』2015年01月13日(火)付夕刊。

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特集ワイド:社内失業しないためにも…今年こそ!独学
毎日新聞 2015年01月13日 東京夕刊

(写真キャプション)専門書を読みあさり、独学で建築を学んだ安藤忠雄さん

 今年こそ何か学びたい! そんな思いで新年を迎えた人も多いのではないか。今、「独学」が注目されている。達人たちは「独学の時代がやってきた」とすら言う。本当なの?【小国綾子】

 ◇ネットに無料素材山ほど/完璧主義者は不向き/「楽しむこと」を最優先

 ビジネスマンの街、東京・大手町の大型書店では「東大教授が教える独学勉強法」(草思社)がどこでも平積み。著者は、東大経済学部教授の柳川範之さん(51)だ。

 高校時代は父親の転勤でブラジルへ。現地校には行かず、日本の参考書や教科書で独学した。帰国して大学入学資格検定(当時)に合格後、今度は父親の転勤先シンガポールで慶応大経済学部通信教育課程を履修。つまり、中学を卒業してから東大大学院に進学するまで7年間、学校に一切通わず独学で切り抜けた。

 自らの経験に基づいた資料収集や本の読み方など、独学法を披露したこの本、昨年7月の発売以来6刷3万3000部。担当編集者は「予想以上の売れ行きでした。読者の約7割が男性、30−50代が約半分で20代も約2割に上る。企画当初は定年後に勉強したいリタイア組が多いと予想していたので意外でした」。

 この理由について柳川さんは「75歳まで働く時代はすぐそこです。もはや学生時代だけ皆と同じレールに乗って勉強すれば明るい未来が約束された高度成長時代とは違う。職務上必要なスキルや知識を学び直さないと、社会の変化に追いつけず、50代、60代で“社内失業”するかも、という危機感が広がっているのでは」と分析する。

 独学は、今の時代が求めている勉強法だという。好きな時期に好きなペースで学べる上、自分で考える癖がつくからだ。「インターネットで検索すれば何でも分かる時代には、博学なだけでは武器にならない。むしろ情報や知識を自分の中で熟成させ、加工するような能力が求められている」と柳川さん。

 また「独学に適した環境がこれほど整った時代はない」とも。インターネットを利用すれば、正規の学生でなくても米国のマサチューセッツ工科大やハーバード大などの講義だって無料で受けられる。

 オンライン公開の無料講座を受講し、修了証も取得できる教育サービス「MOOC(ムーク)」が2012年に米国で始まり、日本でも昨春、「JMOOC(ジェイムーク)」としてスタート。今年春までに東大などの45講座が開講される見込みで、受講者は10代から80代まで10万人を突破した。

 多くの人が必要性を感じていることといえば、やはり「英語」だろうか。

 「今こそ独学で英語を学ぼう」というのは日本財団勤務の本山勝寛さん(33)。高校3年春の「第1志望・東大工学部 合格可能性なし」の判定から、塾にも通信教育にも頼らず独学で成績を上げ、見事現役合格。さらに英語を独学し、ハーバード大教育大学院に留学した。

 「以前は高額なリスニング教材を買うしかなかった。今はより充実した無料教材がネット上に転がっている。まさに独学天国です」。著書「YouTube英語勉強法」に詳しいが、動画投稿サイトには英語学習者のレベルに応じた学習素材が大量に投稿されている。「日本料理の作り方を英語で説明した動画や、外国人にはユニークに映る日本文化紹介の動画など内容自体が面白いので楽しんで勉強できる。最初は5分程度の短いものから始め、徐々に長いものを見る。最初からCNNに挑戦するから挫折するのです」

 また、本山さんは「学ぶ目的を明確にし、戦略を立てるべし。例えば留学が目的ならばリスニング力アップは急務だが、仕事に関する海外の情報を仕入れたいなら速読、多読力アップに特化した方が役に立つ。それも文学作品よりは自己啓発系のビジネス書の英語が取っつきやすい」と助言する。「漠然と『英語がペラペラになりたい』ではダメ」なのだ。

 一方、「専門書を読んで、興味ある分野の知識を深めよう」という柳川さんお勧めの独学法は「まず入門書を3冊読む」。そして本は必ず2段構えで読む。1回目はざっと内容をつかむ。分からない専門用語にはこだわらない。2回目には、本の中身をうのみにするのではなく「納得できない点を探すつもりで読む。自分ならどう考えるかを常に意識することが大事」という。

 でも、特に何をどう勉強してよいのかが明確でない人はどうすればいいのか。

 柳川さんは「いきなり勉強しようとせず、テーマ選びや勉強法選びに時間をかけることが大切です。やみくもにネットサーフィンをするよりは、大型書店や図書館に行くのがお勧め。専門書や学習書のコーナーを見回し、手に取りたくなる本が今あなたが一番気になっている分野です」と助言する。

 つまり独学で最も大切なのは自分に応じた勉強法を見いだすこと、という点で両達人のアドバイスは一致する。

 「独学の最大の敵は三日坊主」と本山さん。なにせ学校のように強制力がない。「楽しんで続けられる勉強法を選ぶことが大事。他人の合格体験記や経験談を読んで勉強法を調べれば、自分に合った方法が見つかる上、モチベーションも上がる」と勧める。

 それにしても、独学は孤独では? しかし達人は否定する。「『孤高の人』になる必要はない」という柳川さん。自身も通信制の大学生だった頃、一時帰国を利用し、東大の教授に質問に行った。その教授がゼミ参加を認めてくれたのが、東大大学院進学のきっかけだ。講演会やカルチャースクールなど、いろいろな機会を上手に利用すればよい。人との出会いは何より学ぶ意欲を高めてくれるから。

 ところで独学に向き不向きはあるのだろうか。柳川さんは「完璧主義者は向かない」と断言。ええっ? 「目標の3割くらいを達成できればいいや、とおおらかに構えられる人の方が長続きする。完璧主義だと初志貫徹できなかった時に自責の念にかられますから」

 年の初め、独学を始めるにはいい季節。周囲の人たちに独学してみたいことを聞いてみた。「合唱の発声法」「ピケティの『資本論』を読みこなす」「中国語かなあ」「ビール。好きだから」……。「楽しむことを最優先して。自分の好きなことを好きなように学べるのが独学の醍醐味(だいごみ)なんですから」と本山さん。なんだか勇気がわいてきた。

 さあ、今年、何を学ぼうか。 
    −−「特集ワイド:社内失業しないためにも…今年こそ!独学」、『毎日新聞』2015年01月13日(火)付夕刊。

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