覚え書:「「21世紀の資本」:トマ・ピケティ氏に聞く 格差拡大、日本も深刻 脱デフレ、賃上げ唯一の道」、『毎日新聞』2015年01月31日(土)付。

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「21世紀の資本」:トマ・ピケティ氏に聞く 格差拡大、日本も深刻 脱デフレ、賃上げ唯一の道
毎日新聞 2015年01月31日

(写真キャプション)著書の「21世紀の資本」などについて語るフランスの経済学者、トマ・ピケティ氏=東京都渋谷区で30日、森田剛史撮影


 世界的に懸念が広がる経済格差の問題にどう対処すべきか−−。著書「21世紀の資本」で格差の歴史に切り込み、各国政府に政策対応を求めているフランスの経済学者、トマ・ピケティ氏に聞いた。

 ◇アベノミクス

 −−日本をはじめ先進国の格差の現状をどのようにみていますか?

 ◆すべての先進国で、富の格差が大きくなっている。日本も米国ほど大きくはないが、最も高い所得層に向かう所得は急速に増え、格差が拡大している。高い成長が続けば貧しい層の所得も上がりやすいので、格差があっても受け入れやすいが、日本は1990年代以降、非常に低い成長が続いてきた。低所得者がより不利な状況に陥ることになり、影響は深刻だ。米国のように格差が大きくなるのを待つべきではない。

 −−日本では、安倍政権の経済政策「アベノミクス」が、富裕層や大企業優遇で格差を拡大しているとの批判があります。

 ◆アベノミクスは日銀の金融緩和政策(量的緩和)によって、新たに大量の通貨を市場に供給することで、物価が持続的に下がり続ける「デフレ」からの脱却を目指している。経済を回復させたり、財政赤字を減らしたりするにはデフレ脱却が重要だ。ただ、量的緩和策が本当に有効に機能するかどうかは問題だ。現に日本でも昨年にいったん上昇した物価の勢いは弱まっている。量的緩和による株価上昇で富裕層が豊かになり、かえって格差が広がる恐れもある。

 −−デフレ脱却の処方箋は?

 ◆現在の世界経済は、新興国を含めた激しい国際競争で物価が上がりにくくなっている。その中で、インフレを創出する唯一の方法は、賃金を上昇させることだ。また、日本では高齢者の世代が資産を持ち、比較的裕福なのに比べ、若者が所得などで不利な状況に置かれている。大きな問題だ。この状況を解消するために、低所得者層や中間層に減税を行う一方、高所得者層の資本などへの累進的な課税を強化すべきだ。

 −−経済成長で高所得者が豊かになれば、低所得者層にも富がしたたり落ちていく「トリクルダウン」をアベノミクスに期待する声もあります。

 ◆私はその効果が機能するとは考えていない。1980−2000年代の米国では、上位10%の富裕層がけん引する形で経済成長が続いた。だが、残りの90%の人たちへの恩恵は小さかった。そもそも日本は(けん引力となる)成長そのものが低い水準で、したたり落ちる富も限られる。格差の拡大は単に経済的な要因だけで起きているわけではないので、経済成長は万能薬ではない。教育や労働、財政政策など多くの要因についての課題を解決しなければならない。

 ◇米の増税提案

 −−格差に対する意識が世界的に高まる中、オバマ米大統領が富裕層向け増税を提案しました。

 ◆オバマ大統領の提案は非常に興味深い。富裕層からの税収と、教育の充実との関連を明確にしたからだ。具体的には、富裕層向けの増税で得たお金を地域の大学などに投資しようと考えており、まったく正しい政策だ。多くの先進国では、富裕層により多くの負担を求める税制の累進性が縮小する中、公的な教育を受ける機会が失われている。特に米国は極端だが、日本や欧州でも深刻だ。格差を固定させないためにも教育に対して富を振り向ける必要がある。

 ◇日本の針路は

 −−日本が取るべき格差縮小策は?

 ◆日本は所得の累進課税はあるし、配当など資本から生みだされる利益への課税もある。しかし重要なのは、やはり資本そのものへの累進的な課税だ。その際、国際的に日本が果たすべき重要な役割もある。たとえば、課税を避けるため、ほかの国に資産を移す動きが予想される。また、巨大な多国籍企業の一部は、税率の安いタックスヘイブン租税回避地)などの利用により、少しの税金しか払っていない。海外に逃げて課税を回避するような行動を防ぐため、各国が協調して銀行が持つ企業の情報を自動的に交換できるようにするなど、金融の透明化を日本から世界に働きかけてほしい。

 −−どうしてあなたの本は世界でこれほどのブームとなったのでしょうか。

 ◆私の本がやや長すぎたことはおわびするが、経済的知識がなくても読むことのできる本にしたつもりだ。そしてこの本の成功は、日本や欧米での経済的な知識を大衆のものにすることの強い欲求の表れだと考えている。これはエコノミストのための本ではない。幅広いすべての人々のための本だ。だからこの成功はうれしい。特に日本でこれほどの人に読んでもらえるのはとても印象深い。【聞き手・平地修】

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 ◇43歳、学会・社会に「挑戦」

(写真キャプション)「21世紀の資本」や関連書籍が並ぶ書店の一角=東京都千代田区丸善・丸の内本店で

 「21世紀の資本」で「時の人」として脚光を浴びているトマ・ピケティ氏。43歳の気鋭の経済学者は20代で名門大学の教壇に立つなど若くして頭角を現した。一方、旧来のアカデミズムに異論を唱えるなど歯に衣(きぬ)着せぬ発言も注目されている。

 ピケティ氏は1971年にパリ郊外で生まれた。フランス社会科学高等研究院などで経済学の博士号を取得した直後、米マサチューセッツ工科大の助教授に就任。「22歳でアメリカンドリームを体験した」と振り返る。

 しかし、米国では、経済学者の研究姿勢について「内輪でしか興味を持たれないような、どうでもいい数学問題にばかり没頭している」などと疑問を持ったようだ。25歳で母国に戻り、所得や富の分配を巡る研究に専念。「21世紀の資本」は膨大なデータを集めただけでなく、19世紀のフランスの文豪、バルザックらの作品をふんだんに引用。当時の社会状況を踏まえて、格差の問題を掘り下げた点も特徴だ。

 欧米メディアによると、2007年の仏大統領選では、社会党女性候補だったロワイヤル氏の経済顧問を務めた。一方、オランド大統領の現社会党政権に対しては、課税の累進性強化など公約した財政改革を怠っているなどとして批判的だ。

 仏政府は、「21世紀の資本」などの業績を踏まえ、レジオン・ドヌール勲章を授与することを決めたが、ピケティ氏は拒否。「誰が名誉ある人物かを決めるのは政府の役割ではない。政府はフランスや欧州の成長回復に注力すべきだ」というのが理由だ。【竹地広憲】

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 ◆21世紀の資本解説

 ◇世界的な累進課税を 巨額財産に最大10%

 資本主義は自動的に格差を生み出し、民主社会にとって基本となる社会正義の原理とは相いれない水準に達しかねない−−。「r>g」の原理を背景に、「21世紀の資本」は格差拡大に懸念を表明し、それを解消する手段として、資本に対する世界的な累進課税を提唱している。

 課税対象は、銀行預金、株式、債券、不動産などの資産から、負債(借金)を差し引いたものなどを想定。毎年、富裕層ほど高い税金を課すのが特徴で、財産の規模が100万ユーロ(約1億3000万円)−500万ユーロなら税率1%、500万−1000万ユーロなら2%などと例示した。

 ただ、一部の国だけで導入すれば、富裕層が税金の安い国に資産を移す可能性などもあり、実現性を疑問視する声がある。「21世紀の資本」でも「世界的な資本税は空想的な発想で、各国が同意するなどなかなか想像できない」と指摘。それでも「理想的な解決策に向けて一歩ずつ動くことは十分に可能」として、まずは大陸、地域レベルでの導入を促している。

 ◇富は富裕層に集まる 所得シェア上昇

 「21世紀の資本」が大きな話題を集めた要因は膨大なデータを基に格差の存在と歴史を明らかにしたことだ。一例が、各国の上位1%の富裕層の所得が国民の総所得に占める比率(シェア)を示したデータだ。

 それによると、1980年代以降、米国や英国といった英語圏を中心に格差の拡大が目立っている。米国では21世紀に入って上位1%の所得シェアが20%近くに達し、10%未満だった70年代から急増。格差が大きかった第二次世界大戦前の水準になった。けた違いに高い報酬を得る「スーパー経営者」が増えたことが主因だ。富裕層に適用される所得税相続税最高税率が引き下げられたことも影響している。

 欧米や日本では、2度の世界大戦で富が破壊されたり、富裕層への課税が強化されたりしたことで、20世紀に格差が一時縮小した。ただ、21世紀にかけて、非英語圏のフランスや日本などでも上位1%の所得シェアは増加傾向にある。格差拡大の是非は今後も主要国で論議を呼びそうだ。

 ◇資本主義で格差広がる 「r>g」の不等式

 「21世紀の資本」で格差を拡大させる重要な要因として示されているのが「r>g」という不等式だ。「r」は「資本(株式、預金、不動産など)」から得られる年間収益(配当、利子、賃料など)の比率を示し、「g」は経済の成長率(所得や産出の年間増加率)を指す。

 不等式が示すように資本収益率rが経済成長率gを上回るとどうなるのか。

 まず、親からの相続などで得た資本を多く持つ人ほど収入が多くなり、富を蓄積できる。一方、相続財産がなく、自ら働いて稼ぐしかない人ほど不利になる。個人の能力とは別に、格差が拡大する構図が浮かび上がる。

 「21世紀の資本」は、歴史的に検証した結果、経済成長率gは最も高かった20世紀後半でも3.5−4%程度だったのに対し、税引き前の資本収益率rはほぼ一貫して4−5%程度で推移してきたと説明。「r>g」は「論争の余地のない歴史的な現実」と指摘し、資本主義の下では格差が広がりやすいと警告している。
    −−「「21世紀の資本」:トマ・ピケティ氏に聞く 格差拡大、日本も深刻 脱デフレ、賃上げ唯一の道」、『毎日新聞』2015年01月31日(土)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150131ddm010020024000c.html


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