覚え書:「読書日記:著者のことば 多和田葉子さん 海外で学ぶ『希望』」、『毎日新聞』2015年02月10日(火)付夕刊。

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読書日記:著者のことば 多和田葉子さん
毎日新聞 2015年02月10日 東京夕刊

(写真キャプション)作家の多和田葉子さん=東京都文京区で2014年11月6日、鶴谷真撮影

 ■献灯使(講談社・1728円)

 ◇海外で学ぶ「希望」

 <無名(むめい)は青い絹の寝間着を着たまま、畳の上にべったり尻をつけてすわっていた。どこかひな鳥を思わせるのは、首が細長い割に頭が大きいせいかもしれない>。こう書き起こされ、奥深いディストピア小説の幕が開く。ふんわりした筆致に導かれる地平は絵空事なのか、それとも……?

 何らかの大災厄に見舞われた後、外来語もインターネットもなくなった鎖国状態の日本が舞台。自然と社会は取り返しがつかない状態になってしまったようだ。そこでは老人世代は元気いっぱいで死を奪われている。子どもたちは熱が下がらず、自由に歩き回ることが難しい。老人「義郎」は、弱く美しいひ孫「無名」のことが心配でならない。

 4年前に起こった福島原発事故を想起せざるを得ない描写だが具体的には書かれない。「もちろん私は頭の中から3・11を追い出せない。でも、それだけじゃないでしょう? お年寄りが社会を支えていかざるを得ず、子どもの体力は落ちている。これは3・11とは無関係。未来じゃなくて今の小説なんですよね」

 <崩れた墓場の土の中から天保天明の記憶が蘇(よみがえ)ってくると、背の高い男性は喜ばれなくなっていった。食料が不足すれば、背の高い男性から順に弱って死んでいくからだった>。義郎と無名は、現代のさまざまな前提を溶かしていく。

 特定秘密保護法のような存在や、言葉の自主規制の空気が漂っている。統治機構がよく見えない。戦争の前夜なのだろうか。「独裁制の端緒の雰囲気は捉えてみたかった。笑えるパロディーや皮肉を禁じるのが、戦争の精神だと思う。(大きな災害の後の世相が)戦争につながっていく恐怖はありますね」。だからこそ無名は言葉遊びにこだわる。「問題が深刻なほど、笑いながら考えたい。真っ正面から不安に立ち向かって言葉をフル回転させれば、パーッと明るくなる。電球より、もっともっと明るく」

 無名はやがて、「献灯使」として海外へ旅立っていく。自身は1982年からドイツに住み、日本語とドイツ語で小説を書く。「外に出て行って学ぶことが希望になるんじゃないか。それがテーマ」と断言した。<文と写真・鶴谷真> 
    −−「読書日記:著者のことば 多和田葉子さん 海外で学ぶ『希望』」、『毎日新聞』2015年02月10日(火)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150210dde012070011000c.html





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