覚え書:「表現のまわりで:豊かな風刺のために 矛先は権力、必要な庶民の共感」、『朝日新聞』2015年02月10日(火)付。

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表現のまわりで:豊かな風刺のために 矛先は権力、必要な庶民の共感
2015年2月10日

(写真キャプション)「絶対王政時代のフランス国民」(作者不詳、1789年)=『諷刺図像のヨーロッパ史』(柏書房)から

 フランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」の風刺画が、世界中で議論を起こした。風刺は人々の意識を映し出す鏡。歴史をひもときながら、風刺と社会の関係を改めて考えた。

 フランスの風刺の歴史は長い。フランス革命が起きた1789年に絶対王政時代の虐政を描いた戯画は、手かせ足かせをつけられた国民に、貴族や宗教者が馬乗りになっている。

 教会や教皇はたびたび風刺の対象とされてきた。ただ、「宗教を利用する権力者は批判するが、神やそれに次ぐ存在に風刺は向けられなかった」と風刺画研究家の清水勲さんはいう。

 清水さんが考える風刺の原則は「風刺は権力に向けること。弱者に向けてはいけない」。もう一つは「庶民の共感を得ること」。

 「市井のイスラム教徒の気持ちを傷つけては、良い風刺とはいえない。イスラム教を利用する権力者やテロリストが題材だったら、受け止められ方は違ったと思う。本当の敵と戦うために、もう少し工夫が必要だったのではないか」

 ■弾圧の時代に

 日本の風刺にも長い歴史がある。鎌倉幕府が倒れた翌1334年に掲げられたとされる「二条河原落書」の「此比(このころ)都ニハヤル物 夜討強盗謀綸旨(にせりんじ)」は乱れた世相を皮肉った。天保期(1830〜44年)には浮世絵師、葛飾北斎の風刺画がベストセラーに。「北斎漫画」収録の「くそ別所」は武士が用を足す厠(かわや)の外で、こっそり鼻をつまむ従者らを描く。

 明治期には風刺専門の新聞が登場した。1877年創刊の「団団珍聞(まるまるちんぶん)」は似顔絵による人物風刺のパイオニア。1901年に宮武外骨(みやたけがいこつ)が創刊した「滑稽新聞」は毒を含んだパロディーが得意だった。伏せ字だらけのように見せた論説は、検閲制度を皮肉っている。

 「言論の自由が制限されていた時代の方が、風刺の表現は豊かだった」と早稲田大学講師の文芸評論家、楜沢(くるみさわ)健さんはいう。

 川柳は1930年代に盛んだった。各地で結社や吟社が生まれ、日中戦争が始まる頃に川柳人口はふくらむ。川柳作家の鶴彬(つるあきら)は「手と足をもいだ丸太にしてかへし」「タマ除(よ)けを産めよ殖やせよ勲章をやろう」と詠み、1937年に治安維持法違反で逮捕。翌年、留置されたまま亡くなった。

 ■ネットの影響

 戦後、日本国憲法の下で言論の自由が認められた。ところが、「最近は風刺を嫌がる人が増えたように思う。風刺を汚いもの、空気を読まないものと見なし、口にする人を見下す。風刺の強さは、権力や同調圧力に対する抵抗の強さの現れなのですが」と楜沢さん。

 上智大准教授(比較文学)の河野至恩(こうのしおん)さんは、「ネットが風刺画の受け止め方を変えた」と指摘する。検索すれば瞬時に画像を見られるようになった。国境も文化の壁も越え、イメージは際限なく広がる。

 「風刺とは、正しいとされる価値観や絶対的な権威をひっくりかえすもの」。作り手の意図を正確に読み取るには、その背景にある社会や文化の文脈に則して解釈することが必要だが、文脈を知らない受け手もいる。「作り手は、想定していない読者にどう読まれるかを考えねばならず、難しい時代となった。受け手の側にも『良き読者』であることが求められている」

 (中村真理子

 ■善意や愛情あってこそ 美輪明宏さん

 風刺の根底には、善意や愛情がなければなりません。恨みだとか、商売のためだとか、品性下劣なところから発せられたものは認められない。言論の自由を振りかざす人がいるけれど、自由と放埒(ほうらつ)とは違います。

 私も皮肉を言うことはよくありますが、根底に善意や愛情、正義があれば、少々辛辣(しんらつ)でも、相手は「そうか、参ったなあ」と納得します。

 選挙演説を聞いて、共産党が一番まともなことを言っていると思ったことがあります。でも「共産」という、レーニンスターリン毛沢東といったマイナスのイメージがつきまとうネーミングを使い続けている。

 「愛の讃歌(さんか)」にちなんで「共讃」(共に讃〈たた〉える)とすれば明るいイメージになるんじゃないかしら、と方々で言ったり書いたりしていたら、共産党志位和夫委員長から「お心遣いありがとう」って手紙が来ましたよ。

 皮肉を利かせるのは、直截(ちょくせつ)に言うよりも、気が利いているし、スマートでおしゃれ。楽しいものですよ。

 (聞き手・中島耕太郎)

 ◇表現をめぐる「事件」が相次いでいる。大衆文化の作り手と受け手の間で何が起きているのか。その実相を見つめ直す「表現のまわりで」を随時掲載。明日は「サザン騒動」の予定です。
    −−「表現のまわりで:豊かな風刺のために 矛先は権力、必要な庶民の共感」、『朝日新聞』2015年02月10日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11593694.html





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