覚え書:「記者の目:ピケティ「21世紀の資本」現象=平野純一(エコノミスト編集部)」、『毎日新聞』2015年02月12日(木)付。

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記者の目:ピケティ「21世紀の資本」現象=平野純一(エコノミスト編集部)
毎日新聞 2015年02月12日 東京朝刊

(写真キャプション)インタビュー後、笑顔を見せるトマ・ピケティ氏=東京都渋谷区で1月30日、森田剛史撮影

 ◇格差拡大へ危機感共有

 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が書いた「21世紀の資本」が世界的なブームを巻き起こしている。

 資本主義の下では格差は拡大していくという結論を導き出したこの本は、世界で150万部を売り、日本語版も13万部発行している。約700ページ、値段は5940円もする分厚い本。それでも爆発的な売れ行きなのは、いま社会のどこかがおかしいのではないかと疑問を持つ人たちの心を捉えたからだ。

 1月末の来日を機に、ピケティ氏にインタビューをした。柔らかな語り口、質問には丁寧に答える。伝わってくるのは「世の中を少しでも良くしたい」という思いだ。

 本書の要点は「r>g」というシンプルな不等式で表されている。「r」は資本収益率、「g」は経済成長率を指す。ピケティ氏は18世紀以降の300年近くにわたり20カ国以上の「r」と「g」を分析。資本から生み出される利益は、経済成長から得られる所得などを常に上回っている。つまり、資本を持つ豊かな人はずっと豊かで、それを持たない人との格差は広がるばかりだと主張した。

 ◇トリクルダウン効果には批判的

 「21世紀の資本」は最初フランスで2013年8月に出版された。一気に火がついたのは、14年4月に英語版が出され、米国でベストセラーになってからだ。

 米国は1980年代以降に格差が広がった。当時の米国はレーガノミクス旋風。新自由主義的な政策が主流となり、経済活性化の手段の大幅な減税も高所得者に有利に働いた。だが、上位1%の富裕層の所得が総所得に占める割合は、70年代末は9%程度だったのに、近年は20%近くにまで上昇している。自由を尊ぶ米国でも、さすがに行き過ぎだと感じ始めているのだ。

 日本でも、可処分所得の中央値の半分以下の所得の人を示す相対的貧困率は16・1%(12年)に達した。この30年間ほぼ一貫して上昇。非正規社員は雇用全体の4割弱に達している。アベノミクス新自由主義的な色あいが濃い。

 インタビューでピケティ氏は、アベノミクスの「トリクルダウン(高所得者が豊かになれば低所得者にも富がしたたり落ちる)」効果について「機能するとは考えない」と批判。日本でも格差がすぐに縮小していく希望は見えない。

 ◇時代と向き合い資本主義問う

 資本主義は市場の力に重きを置く。市場は最も効率的に資源配分を行うから経済はうまくいくという考え方だ。だがもちろん万全ではない。

 19世紀、マルクスは「資本論」で、どうして労働者は豊かになれないのか、資本主義下で資本家がもうかるのは労働者から搾取しているからではないかと考えた。ケインズは「一般理論」(1936年)で、大恐慌で発生した大量の失業者を救うための政策はどのようなものかを考えた。いずれも時代と向き合い、それまでの常識を覆して、資本主義や市場メカニズムに潜む問題をあぶり出そうとした。

 ピケティ氏も、これまで誰も手をつけなかった分野に光を当て、15年の歳月をかけて膨大なデータを分析し、資本主義の本質を明らかにしようとした。本に対しては今、さまざまな批判が出ている。「r>g」だけで格差拡大を論証するのは難しい、先進国と途上国の間では経済発展によって格差は縮小したはず……など。だが、批判がたくさん出ることは注目を浴びていることの証しでもある。

 議論は始まったばかりだ。ピケティ氏自身、格差の存在そのものを批判しているわけではない。民主主義や社会正義の価値観を脅かしかねないほどの格差が問題なのだと言っている。格差が行き過ぎているのなら、どう解決すべきなのかを研究者も私たちも考えていけばいいのだ。

 ピケティ氏はまた、21世紀の早い段階で「この本を『21世紀の資本』と名付けたことに、読者のご寛容をお願いする」と述べている。21世紀はまだ長い。「50年後や100年後に資本がどのような形になっているか、まったく予測できない」と彼は言う。歴史を重視する研究者ゆえに、自分の理論の未来も気になるのかもしれない。

 ある経済学者がこんなことを話してくれた。「理論はいつか使い物にならなくなる。しかし思想は残る」

 確かにピケティ氏も言うように、時代が進めば社会の構造も変わり、理論は現実と乖離(かいり)してしまうかもしれない。だがいつかその時代が来たとしても、彼が21世紀初めに示した思想は残る、と私は思う。それはこの本が、今私たちが直面している格差という問題に真正面から取り組もうとしているからだ。
    −−「記者の目:ピケティ「21世紀の資本」現象=平野純一(エコノミスト編集部)」、『毎日新聞』2015年02月12日(木)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/m20150212ddm005070046000c.html





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