覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『イスラム国−テロリストが国家をつくる時』=ロレッタ・ナポリオーニ著」、『毎日新聞』2015年02月15日(日)付。

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今週の本棚:本村凌二・評 『イスラム国−テロリストが国家をつくる時』=ロレッタ・ナポリオーニ著

毎日新聞 2015年02月15日 東京朝刊

 (文藝春秋・1458円)
 ◇国家たらんとする意志の土壌

 ルーヴル美術館ダヴィッド作の絵画「サビニの女たち」がある。牝狼(めすおおかみ)に拾われた双子の男児が成人すると、無法者集団を率いて武力でローマを建国した。近隣地域から略奪を繰り返し、あげくの果てに若い娘たちをも強奪する。絵画の場面はその後者のエピソードを描いている。

 昨年の夏ごろ「イスラム国」について報道されるようになった。その暴虐さを知るにつれ、評者にはローマ建国の物語と似かよっているという印象があった。

 多少は西洋古代史に詳(つまび)らかなせいか、評者の偏見かと思っていた。だが、本書の著者であるイタリア人女性も同じ印象をもっているらしい。「イスラム国」の成り立ちは、世界史上有名なローマ創建の出来事を思いおこさせると指摘する。そもそも、前8世紀のローマ建国物語について、かの大哲学者ヘーゲルは「強盗国家」とさえ断じるのだから。

 およそ一年前にはほとんど予測すらなかった偽装国家の出現に、誰もが戸惑っている。欧米の専門家すら、タリバンアルカイダと同様の時代錯誤なテロリスト集団と見なしていたという。たしかに喫煙もカメラも禁じられ、女性は全身を覆い隠さねばならず、外出もままならない。制圧地域では厳格な戒律に従うか、そうでなければ処刑される。

 一見すると中世に逆戻りしているかのようだが、著者はたんなる過去への回帰をめざすと見なすのは的はずれだと指摘する。それどころか、グローバル化し多極化した世界を熟知しており、最新のテクノロジーを駆使する現実主義(プラグマティズム)の組織だということを見過ごしてはならないという。

 そもそも、21世紀にカリフ制国家を再興しようとする武力集団がなぜ生まれたのか。その背景には9・11以後の米欧の対応がある。「イスラム国」台頭の原因を見誤れば危険でもあり、「汝(なんじ)の敵を知れ」とはここでも肝に銘じるべきことなのだ。

 イラク戦争以後、中東地域が宗教抗争に陥ってしまった。「アラブの春」以降、反政府勢力がのしあがり、混乱をきわめる。国家権力の影が希薄になり、群雄割拠する国際情勢の間隙(かんげき)をついて、地域支配を試みる武力集団が出てもおかしくはない。

 カリフと称する指導者アル・バグダディは、広大で強固な領土を基盤としなければ報復戦争は成功しない、という信念をもつらしい。内部では戦闘員と非戦闘員が厳密に区別され、戦闘員はときには住民も蹂躙(じゅうりん)する。だが、非戦闘員は住民を保護し、食糧配給所を建設し、ワクチンも投与し、孤児相談所も設けたりもする。戒律を守る住民の支持を得ることも重要だとわかっている。

 昨今、あまりにも残虐非道な人質の処刑の数々が報道されている。絶対に許しがたいテロリストを根絶せよとの声が高まる。だが、感情に訴えるだけではなく、冷静に分析しなければ、問題は解決しない。対テロファイナンス専門の経済学者である著者の言い分はそこにある。

 ふりかえれば、第一次大戦中、英仏列強の手で中東の国際秩序が定められた。ほんの一握りの巨万の富者がいる反面、圧倒的大多数は貧困にあえいでいる。世界中に移住し、その2世、3世もいる。だが、現実には差別もあり、挫折もある。これら中東の人々とムスリムの心は傷ついている。そこに配慮しなければ、「イスラム国」は壊滅されても、第2、第3の偽装国家が姿を現すかもしれないのだ。

 ローマ建国物語になぞらえられるのも、そこに国家たらんとする意志が生まれる精神的土壌があるからだろう。そこにはテロ対策とは別の問題がひそんでいる。(村井章子訳)
    −−「今週の本棚:本村凌二・評 『イスラム国−テロリストが国家をつくる時』=ロレッタ・ナポリオーニ著」、『毎日新聞』2015年02月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150215ddm015070003000c.html



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