覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『医学的音楽療法−基礎と臨床』=日本音楽医療研究会・監修、呉東進・編著」、『毎日新聞』2015年02月22日(日)付。

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今週の本棚:村上陽一郎・評 『医学的音楽療法−基礎と臨床』=日本音楽医療研究会・監修、呉東進・編著
毎日新聞 2015年02月22日 東京朝刊


 (北大路書房・3456円)

 ◇患者利益優先した堅実な発展に期待

 音楽、少なくともある種の音楽が、人間の心身にとって、プラスの面をもたらすことは、常識的にも、あるいはある程度の医療経験の上からも、知られている。しかし、ことは情緒に絡みやすく、科学的なエヴィデンス(証拠)に基づいて、様々な病気(「こころ」に関わる病に限らない)の治療に音楽が果たす役割を、きちんと説いた書物は、必ずしも多いわけではなかった。本書は、主たる読者として医療関係者を期待していると思われるが、その内容は、特に基礎編(理論編)の内容は、患者や患者予備軍である一般の人々にとっても、益するところが少なくないと思われる。

 なお、医療への音楽の利用は、単に鑑賞だけでなく、楽器の演奏や歌唱なども視野に入れたものであることに留意したい。また、基礎になるエヴィデンスは、全世界から集められたもの(今は、様々な疾病に関して、個々の治療法をエヴィデンスに基づき客観的に評価した国際的なカタログがある)であるという。

 さて、音楽療法の特徴とは何だろうか。著者の一人は、長所として、例外はあるにせよ、音楽療法には苦痛を伴わない、副作用がほとんどない、性別や年齢、あるいは言語や身体機能の相異を越えることが可能である、などを、一方短所としては、時に難聴が起こる、不快な音楽への苛立(いらだ)ちが生まれる、稀(まれ)に音楽てんかんの発作がある、保険適用がない、などを挙げている。

 もう一つ解決されるべき問題は、音楽療法において、「誰に」、「どんな」権限があるか、という点である。今のところ日本では、医療に従事できる「音楽療法士」という資格は存在しない。日本音楽療法学会による学会認定の「音楽療法士」という資格は存在する。しかし右に挙げた事情で、医療現場ではかなりの制約が生じる。日本で例外的に音楽療法士が、医療現場に参加・協力できるのは、精神科の場合で、精神科の作業療法を行う作業療法士の助手として、音楽療法士が活用されている。この事情はリハビリテーションにおいても、ほぼ同様である。この点は、報酬にも関わってくる。資格の有無が問われる現場では、音楽療法士が報酬を請求する権利も、保証されない。その意味では、今後その医療上の効果が広く認められるようになれば、資格の改革や、法制度の整備などが、必要になるであろう。

 もとより、医師自身がこの分野に関心を持ち、スキルを習得して実践するという事態もまた、可能性の一つになろうが、最近は、いわゆる「チーム医療」が主であるから、医学的音楽療法も、綿密な評価に基づいて、患者にとっての利益を優先しながら、堅実な発展を期待すべきだろう。

 本書の臨床編(実践編)では、一つ一つの疾病に関して症例報告に類するものが詳細に記載されているが、ここでは、統合失調症の一例だけに触れる。具体的には、集団、個人を対象に、術者が伴奏しながら歌を歌わせたり、楽器の即興演奏に付き合うなどの試みを重ねるようだ。もともと音楽療法は、他の様々な療法との併用が前提だから、その効果を単離的に抽出・評価することが難しいし、判断に術者の恣意(しい)的な要素が入り込まないよう、評価には非常に厳しい条件付けが行われている。それでなお、両者とも、幾つかの症状改善例があるという。

 いずれにしても、こうした例は、音楽が人間に与える影響のある一面を語って、極めて興味深い。
    −−「今週の本棚:村上陽一郎・評 『医学的音楽療法−基礎と臨床』=日本音楽医療研究会・監修、呉東進・編著」、『毎日新聞』2015年02月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150222ddm015070054000c.html


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