覚え書:「インタビュー:対立の海で カヌーで移設に抗議する小説家・目取真俊さん」、『朝日新聞』2015年03月13日(金)付。

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インタビュー:対立の海で カヌーで移設に抗議する小説家・目取真俊さん
2015年03月13日

(写真キャプション)「こうやって基地問題に人生を奪われていくのかと思うと、かなしさを覚えます」=沖縄県名護市、萩一晶撮影


 沖縄にある米軍普天間飛行場の移設先とされる、名護市辺野古の沿岸部で12日、海底ボーリング調査が再開された。海上作業を阻もうと、立ち入り禁止区域にカヌーで入る抗議を続けてきた反対派の中に芥川賞作家の目取真俊さんがいる。どんな思いで抗議を続けるのか。サンゴ礁の海で深まる対立の先行きをどう見るか。現地で聞いた。

 《朝9時。米軍のキャンプ・シュワブを望む名護市の浜に、ウェットスーツ姿の男女14人が集まってきた。リーダーが声をかける。「安全に気をつけて今日も頑張りましょう」。カヌーを大浦湾にこぎ出すと、待ち構えていた防衛省沖縄防衛局の船が大音量で警告を発した。「速やかに退去してください」

 浮き具で囲まれた立ち入り禁止区域に入ると、日米地位協定の実施に伴う刑事特別法で処罰される可能性がある。それでも調査再開に向けた作業を阻もうと、浮き具を乗り越えて進む移設反対派。排除しようとする海上保安庁。2月下旬の金曜日、また衝突が始まった。》

 ――今日は暖かく、海も穏やかですね。

 「晴れた日はまだいいんです。でも冬の海に投げ出されたら、どんなに大変かわかりますか。一気に体温が奪われます。波も荒い。それでも毎朝、19歳の学生から70代の年金生活者まで、十数人が集まります。カヌーで作業現場を目指す抗議活動を昨夏から続けているのは、何としても調査を止めたい、作業を遅らせたいという思いからです。残念ながら、海保に邪魔されて作業現場にはほとんど近づけませんが」

 ――どういう経緯から抗議を始めたのですか。

 「怒りとか義務感とか一つの言葉で説明できるものではありません。これまで生きてきた総体が、この行動にまっすぐつながっています」

 「私は北部のヤンバルの生まれです。豊かな森に恵まれ、美しい自然のなかで育ちました。その山野を米軍が重火器で破壊する演習を目撃した。沖縄戦の体験者にも話を聞いた。一つ一つの現場を我が身で確かめながら、戦争や軍隊について考え、生きてきた人間です」

 ――97年に芥川賞を受賞した「水滴」も沖縄戦がテーマでした。

 「水滴に込めたのは、意識下に閉じ込めたはずの戦争の記憶です。戦後を平凡に生きてきた一人の男の足が突然膨れ、指先から水滴が漏れ出す。戦場で見殺しにした同級生が、この水を吸いに現れる。あまりにもつらすぎて抑え込んだ記憶も、心の奥底のどこかで生き続け、生き方に影響を及ぼすという物語です」

 ――戦争について考え続けた人がいま、国の対応に抱く思いは。

 「怒りなんか通り越して、もう憎しみに近いと思っていますよ。私たち名護市民は去年、1月の市長選から衆院選まで5回も選挙をしました。全部、辺野古への移設反対派が勝っている。知事選で『断固阻止』を掲げた翁長雄志氏を圧勝させたのが、沖縄の民意なんです」

 「しかも、いまの島ぐるみの運動は空軍の嘉手納基地まで地元に返せとか言っているわけじゃない。せめて辺野古に新しい基地をつくることだけはやめて、と言っているのです。だけど私たちの声はヤマトゥ(本土)に届かない。残された手段は、もう工事を直接止めるための行動しかない。他人(ひと)任せではなく、自分がやるしかないんです」

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 ――本土と沖縄の距離は、ますます広がっているように感じます。

 「ちょうどヤマトゥで村山内閣が成立した90年代半ば、社会党日米安保容認に転じて平和勢力が総崩れになっていったころ、沖縄では逆に米軍基地への反対運動が盛り上がっていきました。95年に起きた米兵による少女暴行事件で、戦後50年が過ぎても、基地を抱える沖縄の状況がまったく変わらない現実を改めて自覚したのです」

 「基地を経済の阻害要因とみる経済人が増えたのは、2001年の米9・11テロで沖縄への観光客が激減してからです。観光は平和産業であって、米軍基地とは相いれない、と業界が口にし始めた」

 ――ただ政府は事実上の見返りとして沖縄振興策も実施したのでは?

 「政府の見返りをあてにして、振興策というアメにたかった人が一部にいたのは確かです。ただ、そうやって国にハコモノを次々に建ててもらっても生活はよくならない。むしろ膨大な維持管理費に財政が困るばかりで、将来は大変なことになる、と人々は気付いたのです」

 「自民党にも、昔はもっと歴史を肌で知る政治家がいました。戦争で沖縄に犠牲を押しつけた、という意識を心のどこかに持っていた。それがいまでは、歴史認識も配慮もない。基地を押しつけて当たり前という、ものすごく高圧的な姿勢が中央に見えます。沖縄の保守の人さえそう話す。これじゃあ付いていけない、と思う人が出て当然でしょう。政治が劣化しています」

 「ヤマトゥ離れの意識が、この2〜3年で急速に広がっています。もっと自治権を高めていかないと二進(にっち)も三進(さっち)もいかない、という自立に向けた大きなうねりが、いま沖縄で起きている。辺野古の海の抗議活動は、この地殻変動の一つの表れなんです」

    ■     ■

 ――沖縄にとって戦後70年とは。

 「ヤマトゥにいたら、戦争から70年のブランクがあるような感じがするでしょう。でも沖縄の感覚は全然違う。市街地をオスプレイが飛び、迷彩服を着て小銃を手にした部隊が県道を歩いている。戦争の臭いが、ずっと漂っているのです。日本の戦後史は一つではなかったのです」

 「憲法9条だけを掲げる平和運動にも、欺瞞(ぎまん)を感じています。敗戦後、再び侵略国家にならない保証として非武装をうたう9条が生まれました。ただし、共産圏の拡大に対抗する必要から日米の安保体制が築かれ、沖縄に巨大な米軍基地が確保されたのです。9条の擁護と日米安保の見直しが同時に進まなければ、結局は沖縄に基地負担を押しつけて知らん顔をすることになる」

 ――米軍のキャンプ・シュワブ前の座り込みも見ましたが、若者の姿が少ないですね。

 「では聞きますが、ヤマトゥはどうですか。東京で若い人が集会に大勢参加しますか。沖縄だけが、香港や台湾のように若者が燃えるはずがない。日本では国民の圧倒的多数が政治に無関心になった。大変なことが起きていても、すべて他人任せの国になってしまったのです」

 「本当に考えないといけないのは、この無関心です。ニヒリズムなのか、あきらめか、無力感か」

 ――対立は今後どうなりますか。

 「安倍晋三首相が沖縄県民の代表である翁長知事に会うことすら拒んでいるのは、権力による形を変えた暴力です。暴力が横行する事態を避けるため築いてきた民主主義というルールを、いま政権が自らの手で壊している。そして、憎悪と怒りを沖縄じゅうにばらまいています」

 「抗議活動に参加するような人々は非暴力で一致しています。それが運動を広げ、支える原理ですから。怖いのは、そうした場に参加もせず、鬱屈(うっくつ)した感情を内に抱え込んだ孤独なオオカミの暴発です」

 ――翁長知事は工事を止めることができるでしょうか。

 「中央から地方への権限の移譲は進んでいません。限られたなかで、やれることをやるしかない」

 ――あまり期待していない、と?

 「去年の知事選で翁長さんを応援し、路地裏まで歩いてビラをまいたのも、すぐに工事を止めてくれると思っていたからではありません。当選しても厳しいのはわかっていた。それでも、やらなければ事態がもっと悪くなるから応援したわけです。期待とか希望とか、そんな生ぬるい世界じゃないんですよ。私たちはここまで追い込まれているんですよ」

 ――国は、この夏にも辺野古の埋め立てに着手する構えです。

 「沖縄戦の『慰霊の日』である6月23日には、歴代首相が追悼式に参列しています。戦後70年の今年、安倍首相は沖縄戦の犠牲者とその遺族にどんな言葉を捧げるのでしょうか。米軍の新基地計画を粛々と進めます、と報告するのでしょうか」

 「辺野古では、すでに20年近く建設を阻止してきました。埋め立て工事を少しでも遅らせ、状況の変化を生みだし、活路を見いだしていく。どこまでも粘り強く、したたかに。これが小さな沖縄の闘いかたです」

 「工事が始まったとしても、仮に基地が完成したとしても、それで私たちの闘いが終わりだとは思いません。絶望したときが終わりです」

    *

 めどるましゅん 60年、沖縄県生まれ。琉球大卒業後、警備員、塾講師、高校教員などを経験。作品に「水滴」「魂込め(まぶいぐみ)」など。ブログ「海鳴りの島から」。

 ■取材を終えて

 「憎悪がばらまかれている」。独特のリアリズムを持つ作家の言葉に、いまの状況の深刻さを感じた。安倍首相は、まずは翁長知事と会うべきだ。できれば2人の公開討論を聞いてみたい。どうしても基地が必要なら、その理を堂々と説けばいい。丁寧さを欠いたまま、もしも力で押し切れば、沖縄との関係も、この国の民主主義も、致命的な打撃を受けるだろう。

 (萩一晶)

 ◆キーワード

 <米軍普天間飛行場の移設計画> 米軍普天間飛行場宜野湾市)の移設先として、1996年に名護市が浮上。2013年に仲井真弘多知事(当時)が辺野古埋め立てを承認し、14年8月に海底ボーリング調査が始まった。調査は台風や県知事選などで中断していた。
    −−「インタビュー:対立の海で カヌーで移設に抗議する小説家・目取真俊さん」、『朝日新聞』2015年03月13日(金)付。

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