覚え書:「インタビュー:IS、本質を見極める ロレッタ・ナポリオーニさん」、『朝日新聞』2015年03月18日(水)付。

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インタビュー:IS、本質を見極める ロレッタ・ナポリオーニさん
2015年03月18日

(写真キャプション)「私は先行きを非常に悲観しています。状況は夏にかけてさらに悪くなるでしょう」=ロンドン、梅原季哉撮影
 
 日本人人質2人が犠牲になるなど、残酷な行為によって私たちの目を引くようになった過激派組織「イスラム国」(IS)。だが、その破壊的な側面にだけ目を奪われていると彼らの本質を見失うと指摘する論者が欧州にいる。日本は、そして国際社会は、どうISと向き合うべきなのか。考えを聞いた。

 ――あなたは、国家建設をめざす組織である点こそがISの最大の特徴だと指摘していますね。

 「これまでのテロ組織とISとの最大の違いは、地元住民との合意を積極的に形成しようとしている点にあります。客観的に見ても、彼らは地理的に大きな領域を『国家』として経営し、収入を得ています。例えば『首都』と定めたラッカ(実際にはシリア領内)では、長年の紛争で破壊された水や電気といった社会基盤を整備しています。交易市場を整え、ヤミ市場で不当な利益を得る者が出ないように価格を監視しました。児童へのポリオワクチン接種も実施しました。ある種の近代性を持って、統治にあたっているのです」

 「だからといって、彼らに国家として正統性があるわけではありません。でも彼らと戦おうというのなら、正確な定義が必要です。一種の『擬装国家』である面は見逃せません。武装組織が『国』を作ろうとした先例として、かつて私が調査した中では、パレスチナ解放機構(PLO)がありますが、ISは今、より大きな地域を支配しています」

 ――ISはイスラム法に基づく法廷も設立しました。

 「紛争下で法と秩序が消え、正義を求め、不満を申し立てる場がなくなってしまったからです。イスラム法の厳格な適用は多くの人に確かに残酷と映ります。例えば殺人で有罪となった者の磔(はりつけ)。ただ、実際にイスラム法に規定された刑罰です」

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 ――そもそも何がISを生んだと考えていますか。歴史的にみて、欧州列強による植民地支配に責めを負わせる声もあります。

 「中東の地図が西欧列強によって書き換えられたことは、この地域では誰もが指摘することです。西洋の利益で引かれた国境線は、中東の人々の利益は反映されませんでした。だからこそISは、植民地支配に根ざした国境の破壊を目標に掲げたのです。もちろん、国境線を流血によって引き直すのは正しくありません。でも『アラブの春』が結局失敗に終わり、政治的分断が起こった中東では、民主的手段による変革が事実上成功しなかった現実があります。その落胆が中東の民衆のIS建国への期待につながりました」

 「ISにとっては2010年、イラクで存亡の危機に直面した際、紛争が起きたシリアへ向かったことが転機となりました。私は、シリアでISに代理戦争を戦わせようとアラブ諸国、特にサウジアラビアが陰で資金を出したとみています。そうした国にとって、今やISはフランケンシュタインとなりました」

 ――ISによって日本人の人質も犠牲になりました。事件を巡る日本政府の対応をどう見ますか。

 「文明社会のルールに従って行動し、なおかつ身代金を支払いたくないというのであれば、人質が殺されるのを防ぐ方法が必要でした。身代金を支払わないという決定は、世界中のあらゆる国がそれに従うのなら効果があります。しかし現実には、例えばイタリア政府は支払っていると報じられています。そうした政府が表立って認めることは決してありませんが、人命には値段が付けられないから最後に支払うケースが出てくるのです」

 「ISは純粋な経済的必要性というより、対IS有志連合の弱点をつく目的から身代金を要求しています。身代金を支払った国の人質は解放され、そうしなかった日本の人質は犠牲になる状況を作ることで、有志連合の弱さ、不公正さを見せつけようとしています」

 「そもそも、日本人がISに拘束されたことが分かっていたのに、安倍晋三首相がなぜIS対策として2億ドル拠出を表明したのか。私には理解できません。率直にいって、大きな政治的過失だったと思います」

 ――安倍氏が表明したのは人道支援で、それを問題視するのは筋違いではありませんか。

 「真に人道的なことをしたいのなら、シリア難民受け入れを表明するとか、国連難民高等弁務官事務所UNHCR)に支援をするとか、ほかの道があります。民主的な選挙で選ばれた政府に代わってできたエジプト軍事政権の前で、資金拠出を表明する必要はありませんでした」

 「安倍首相はISの政治的な能力や知識を過小評価していたのではないですか。ISにとって、日本人人質事件は自分たちの力を世界中へさらに売り込む手段でした。日本国内でもISへの感情的な反応が生み出され、彼らにとっては驚くほど都合の良いPRになったのです」

 ――格好のタイミングで、日本もISに利用された、と。

 「身代金要求は挑発であり、挑発を受けた段階で、日本政府にできることは何もありませんでした。最初は『72時間以内に2億ドル』という要求でしたが、そんな大金をそんな短時間に支払うことはそもそも不可能でした。パイロットが犠牲になったヨルダンは紛争への一層の関与を余儀なくされ、今やエジプトもそうです。ISは、中東全体に戦闘の混乱が広がることを望んでいるのです。混乱に乗じて自分たちの権力基盤を確立できるからです」

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 ――事件を受けて、日本は今後どう進むべきだと考えますか。

 「最善の道は局外にとどまることです。2人の人質を殺されたことは悲劇ですが、私なら報復はしません。ISを巡る状況を作ったのは、日本ではなく、私たち欧州と、その同盟国で、イラクに侵攻した米国なのです。欧米が始末をつけなければならない問題です」

 「ISへの対抗姿勢を明確にした人道支援表明の背景に、安倍氏憲法改正への意欲があったという理解が国際社会に広まっています。首相は日本国民の代表としてそこにいるのであって、独裁者ではない。国民の総意に基づかずに、どんな形の関与も表明するべきではなかったのです。これまでなら、政治責任が問われたのではないですか」

 ――欧州でも、イスラム国への恐怖は最近、格段に高まりました。

 「ISのローマ侵攻を心配する報道までありますね。私たちは欧州でISができることを過大評価し、中東での脅威を過小評価しています。実際にすべきこととは正反対です」

 「私たちがISが残酷な組織だと強く感じるのは、初めてソーシャルメディアを通じてそれを見せられているからでもあります。フェイスブックやユーチューブは、ごく最近の現象で、ISはそれらをフルに活用する最初の過激派組織になりました。残酷な映像を見せられれば見せられるほど、彼らを絶対的で大きな存在と感じてしまいます。映像が彼らの持つ力を実態以上に増大させる。彼らはそういうメディアの性質をよく理解しています。だからこそ私たちはISの幻想を解体する作業を始めなければならないのです」

 「実際の脅威は中東にあることを見つめ直す必要がある。空爆を実施していますが、一般市民が犠牲になります。子供が1人死ぬごとにIS加入志願者が10人増えるでしょう」

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 ――国際社会全体が考えねばならないことも、その点ですか。

 「出発点は、空爆をはじめとする軍事介入は無効だという認識だと思います。欧州を守るため、中東での『新たな植民地支配』を試みようとしても、それは地上軍部隊を現地に派遣し、今後30年は駐留を続けることを意味します。現実には欧米の世論は決して受け入れません」

 「中東のことは中東の人々にまかせることです。彼ら自身に政治変革の方向決定や地図の書き直しを委ね、そして中東の政治的再編を認めようとするべきです。例えばエジプトで再び政変などが起きた場合、2年前、軍事政権を支持したような動きを二度としてはなりません」

 「ISに対して、19世紀のような古典的な秘密外交が必要でしょう。外部に知られることのないように、IS支配地域で支持に回った部族勢力などとひそかに関係を築き、ISがどう動こうとしているか着実に把握するのです。ISは極めて狡知(こうち)で、メディアの扱いもたけている。そのように動いて初めて、封じ込めに近づくことができるでしょう」

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 Loretta Napoleoni ジャーナリスト、対テロ・資金洗浄問題コンサルタント 1955年ローマ生まれ。米英で経済学、国際関係論を学び、テロ組織を研究した著作を発表。近著「イスラム国 テロリストが国家をつくる時」(文芸春秋)。

 ■取材を終えて

 ISに対して、日本は局外にとどまるのが最良の選択、とナポリオーニ氏は断言する。その根底にあるのは長年対テロ専門家として、過激派組織を主に資金調達という下部構造の面からみてきた客観的視点だ。実際にはすでに関与は不可避とも思えるが、軍事介入への加担に前のめりに傾斜するのも、後ろ向きに弱腰になるのも、いずれも感情にとらわれた対応であり、上策ではないだろう。固定概念やイメージにとらわれず、ISを冷静に見つめ直す出発点として、耳を傾けるに値する。

 (ヨーロッパ総局長・梅原季哉)
    −−「インタビュー:IS、本質を見極める ロレッタ・ナポリオーニさん」、『朝日新聞』2015年03月18日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11655460.html





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