覚え書:「耕論:一票格差、正せるか 宮川光治さん、御厨貴さん」、『朝日新聞』2015年03月20日(金)付。

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耕論:一票格差、正せるか 宮川光治さん、御厨貴さん
2015年03月20日

 「一票の格差」が最大2・13倍だった昨年12月の衆院選について、東京高裁は「合憲」と判断した。格差是正を強く求めてきた司法の流れは変わるのか。国会はどうすべきなのか。今後各地の高裁で判決が続くのを前に考えてみたい。

 ■平等原則貫き明確な改善策を 宮川光治さん(元最高裁判事・弁護士)

 原告側が全選挙区について選挙無効を求めるという過激な戦略を採れば、裁判所の判断が後退するのではと危惧していたことが現実になってしまいました。また、2011年最高裁判決以降の経緯、とりわけ選挙制度に関する調査会が進行していることが憲法判断に影響するということも考えられました。今後他の裁判所がどう判断するか注目したいですね。

 投票価値の平等についての国民の考えは、衆参両院がスタートした約70年前とはまったく変わっています。また、小選挙区比例代表並立制が生まれた約20年前と比較しても相当に変化しています。主権者意識の高まりを背景に、今は、平等であることを強く求めていると思います。

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 <人口こそ出発点> この問題についての私の考えはシンプルで、両議院の議員を選ぶ権利は、国民主権を実現するための、国民の最も重要な基本的な権利であり、人口は国民代表を選ぶ際の唯一の基礎であり、投票価値の平等は憲法原則である。人口こそが、議席配分の出発点であり、かつ決定的基準であるというものです。「人口」は選挙人の数と言い換えてもいい。

 近年の最高裁大法廷判決の多数意見も、明確に、憲法は「議員1人あたりの選挙人数または人口ができるかぎり平等に保たれることを最も重要な基準とすることを求めている」と述べています。そして、憲法は「それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することを許容している」とも付言している。ただ、この「合理性」についての最高裁の考えは、厳格であると思います。

 そのことは、私も関与した11年大法廷判決の「1人別枠方式(小選挙区議席のうちまず各都道府県に1議席ずつ割り当てた上で、残りの議席を人口に比例して配分する方式)」についての判断に表れています。人口の少ない地域に配慮するという、いわば地域性にかかる問題のために、ことさら投票価値の不平等を生じさせる合理性はないと明言しているのです。「0増5減」後も、減らされた5県以外はこの方式による配分が残っている昨年12月の衆院選は、問題を残していました。

 わが最高裁は、先進国の最高裁判所憲法裁判所と比べて、国会や内閣に対し最も敬譲を示してきたと思います。ある米国の学者は、「世界で最も保守的な憲法裁判所であるとみなされている」と言っていますが、少なくとも近年まではそのような評価を受けても仕方がありませんでした。

 「緩い打ちやすいボールを投げれば、的確に打ち返してくれるだろう」という信頼を最高裁が政治の側に持ち続けたからだと、私は考えています。しかし、そのボールが見送られたり、弥縫策(びほうさく)というファウルを打たれたりすることが長く続く中で、司法への失望や侮りが生まれました。

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 <憲法判断前向き> 国民の主体意識が高まり、権利のための闘争が広がる。そして、グローバル社会の進展は、普遍的価値を基準とする社会の構築を司法に求める。そうした時代の大きな変化を背景として、明らかに最高裁は様々な課題について積極的に憲法判断をする方向にかじを切りつつあります。「一票の価値」についても、司法の役割を積極的に果たそうという方向性が揺らぐことはないと思います。

 14年9月、ようやく衆院に設置された第三者機関「衆議院選挙制度に関する調査会」の審議が始まり、これまで6回の会合が開かれています。安倍晋三首相もその答申には従うと述べています。

 ただ、都道府県を単位とする議席配分を維持することは、参院と同様にもう無理なのではないかと思います。同調査会は、各県に定数2以上を配分することを目的に、各都道府県の人口を一定の数値で割り、小数点以下を切り上げるという方式を検討しているようですが、1人別枠方式と同様に人口が少ない県に有利となる効果を生む点は疑問です。また、地域的まとまりでみると、人口が少ない県が重なる地域ほど不合理に優遇されます。司法のメッセージを受け止めていただいて、鮮やかな、さすがという案を示して欲しいと思います。

 (聞き手・山口栄二)

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 みやかわこうじ 42年生まれ。68年に弁護士登録。司法研修所教官、日本弁護士連合会懲戒委員会委員長などを経て、08年から12年まで最高裁判事

 ■政治を動かす環境を整えよ 御厨貴さん(放送大学教授)

 「一票の格差」が最大で2・13倍あった2014年衆院選を「合憲」とした今回の東京高裁の判断は、正直、意外ですね。これから続く各高裁の判決にも影響を与えるでしょう。

 合憲の理由を見ると、問題だった「1人別枠方式」は削除され、「0増5減」で格差の是正がはかられ、衆院議長の諮問機関で格差是正の方法が議論されるなど、立法は努力していると、全面的に認めています。司法としてベタおりしたかたちですね。

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 <薄い世論の関心> もともとこの問題に世論の関心は低かった。一人一票が実現しても、生活が良くなるわけではない。景気が良くなるわけでもない。まともな議員が出るといわれても現実味はない。司法が「違憲状態」と指摘しても、なんとなく続いていて、みんなが不都合を感じてなければ、それでいいではないかと。

 これって一票の格差に限らず、安倍内閣に漂うムードかもしれない。特定秘密保護法にしても集団的自衛権の解釈変更にしても、実は世の中が大きく変わる問題なんだが、今のところ大して変わってないからいいんじゃない、みたいな空気がある。緩いんです。安倍首相はそれをうまく使っている。

 選挙制度のあり方は本来、国の統治の根幹にかかわる重大な問題です。衆議院小選挙区制を導入したら、「55年体制」が見事に崩れ、政権交代が実現したのはその証左です。しかし、何事も世論を指標に考える安倍さんにそうした問題意識は薄い。安倍政権の特徴は世論を正しく分析しているところです。一票の格差を解消しようと頑張っても世論の喝采が期待できない現状では、本格的に手をつけなくて当然でしょう。

 安倍さんのなかで優先度が高いのは、アベノミクスであり地方創生であり、安保法制です。選挙制度を変えるとなったら、今はおとなしくしている党内議員と取引もしなくてはいけない。けっこう大変です。政治的に余計な体力を使う気はない安倍さんにすれば、世論の無関心は追い風でした。

 ただ、格差は依然として2倍を超え、選挙の根本状況が変わっていない情勢で今回、東京高裁が合憲とした判断をみると、世論もさすがに「変だぞ」となるのではないでしょうか。安倍政権のもとで目立つ現状への追随も、行き着くところまでいった感があります。

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 <最高裁判決、注目> そこで注目されるのが、年内にも予想される最高裁の判決です。最近、最高裁の判事もそれぞれユニークになりつつあるので、いろんな意見が出るでしょう。「やっぱり、変えないといけない」という意見が噴出するとおもしろい。

 焦点は最高裁長官のさばきです。昨春、竹崎博允(ひろのぶ)・前長官が交代する際、最高裁は戦々恐々だったと聞きます。官邸が自分の都合のいい人、例えば政治家を据える懸念もありましたから。結局、竹崎さんが指名した3人の中から寺田逸郎さんが選ばれましたが、最高裁にすれば第一の候補ではなかったでしょう。長官への常道である東京、大阪高裁の長官の経験はないし、最高裁事務総局とも縁が薄いですから。

 そんな寺田さんの強みは、法務官僚としての行政経験の豊富さ。歴代長官と比べ、「霞が関」の空気感や、世間のコンセンサスに通じているのは間違いない。安倍政権の力量はどれほどか。一票の格差に世論は関心があるのか。国会の構えはどうか。そこで最高裁が独自の色彩を出すと、司法全体の得失勘定がどうなるか、冷静に見極めるのではないでしょうか。

 とすれば、原告の弁護士グループも戦術を再考するほうがいい。「勝訴」を狙うだけではなく、世論が格差解消に消極的な政治家にダメ出しするよう、メリハリのきいた運動をするべきです。安倍首相が重視する憲法改正と絡めるのも一策ではないでしょうか。改正の第一歩として、まず選挙制度の問題をやれと主張するのです。統治構造は憲法の一丁目一番地ですから、説得力はあると思います。

 メディアもそこに照準を合わせ、一票の格差の問題を政治課題にしてはどうか。それで世論が関心をもてば、寺田・最高裁の判断がいよいよ見ものになります。

 (聞き手・吉田貴文)

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 みくりやたかし 51年生まれ。専門は政治学、日本政治史。東大教授などを歴任し12年から現職。歴史の関係者から話を聞き取るオーラルヒストリーの第一人者。
    −−「耕論:一票格差、正せるか 宮川光治さん、御厨貴さん」、『朝日新聞』2015年03月20日(金)付。

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