覚え書:「書評:狗賓童子(ぐひんどうじ)の島 飯嶋 和一 著」、『東京新聞』2015年04月05日(日)付。

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狗賓童子(ぐひんどうじ)の島 飯嶋 和一 著

2015年4月5日
 
◆時代の荒波に躍動する生
【評者】北上次郎=文芸評論家
 飯嶋和一を読む喜び、というものがある。この作者は、一九八九年一月刊の『汝(なんじ)ふたたび故郷へ帰れず』から本書までの二十六年間に、七作しか上梓(じょうし)していない。つまり四年に一作だ。現代エンターテインメント作家としては驚くほどの寡作といっていい。
 だから新作が書店に並ぶと、ようやく出たのかとすぐに手に取る。それはもちろん、飯嶋和一の小説の面白さが図抜(ずぬ)けているからだ。本書も例外ではない。
 今度の舞台は、日本海に浮かぶ隠岐島(おきのしま)だ。大塩平八郎の挙兵に連座した父の罪により、常太郎は十五歳のときこの島に流される。それから二十二年、常太郎が三十七歳になるまでの日々を描いていくが、島の医師村上良準(りょうじゅん)のもとで医術を学び成長していく姿が中心になっているとはいえ、それがこの小説のすべてではない。
 物語はどんどん横道に逸(そ)れていく。幕末に向かって時代が大きく変わっていくときであるから、隠岐もそういう時代の荒波と無縁ではいられないのだ。さまざまな勢力や人々の思惑が交錯する様を、リアルに、ディテール豊かにこの長篇は描いていく。つまり物語の前面にいるのは常太郎でも、真の主役は激動の時代そのものであり、あるいは懸命に生きる人々なのである。
 飯嶋和一歴史小説がいつもそうであるように、物語に直接関係のない場面に素晴らしいシーンが少なくない。本書では夏の鮫(さめ)狩りのシーンだ。二百人ほどの老若男女がいっせいに海に駆けだしていく光景が物語の真ん中あたりにあるが、とても印象深い。漁師たちが浜に追い込んだ鮫を丸太で叩(たた)き、その場で解体して食べる場面だが、明るい陽の下でみんなが笑っている姿からは、充満したエネルギーが立ちのぼってきそうだ。
 こういう細部のうまさが、骨太の歴史小説を生硬さから救い、我々に身近なものにしていることは見逃せない。ホントにすごいぞ。
小学館・2484円)
 いいじま・かずいち 1952年生まれ。作家。著書『始祖鳥記』『出星前夜』など。
◆もう1冊 
 松本健一著『増補新版 隠岐島コミューン伝説』(辺境社)。小説の最後の場面となる、幕末の隠岐島で起きた民衆蜂起の歴史を描く。
    −−「書評:狗賓童子(ぐひんどうじ)の島 飯嶋 和一 著」、『東京新聞』2015年04月05日(日)付。

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狗賓(ぐひん)童子の島
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