覚え書:「特集ワイド:株価2万円のカラクリ」、『毎日新聞』2015年04月13日(月)付夕刊。

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特集ワイド:株価2万円のカラク
毎日新聞 2015年04月13日 東京夕刊

(写真キャプション)15年ぶりに日経平均株価が2万円を回復したことを示す株価ボード=東京都中央区で2015年4月10日午前9時9分、竹内紀臣撮影

(写真キャプション)衆院本会議で施政方針演説をする安倍晋三首相=国会内で2015年2月12日午後1時46分、藤井太郎撮影


 「景気のバロメーター」といわれる日経平均株価が、ついに2万円に届いた。何しろ15年ぶりというから、めでたいことには違いない。ただし誰かの手で「底上げ」されたりせず、今の日本経済を正しく反映しているなら−−との条件がつく。実力か、バブルか。「2万円」の正体に迫った。【瀬尾忠義】

 ◇公的年金の官製相場→参院選勝利→安倍首相の悲願「憲法改正

 ◇売り抜け狙う外国人投資家、メッキはがれればツケは国民に

 「上場企業の業績や成長性が評価されて株が買われているわけではありません。株式市場という池の中で、クジラが暴れているのです」。埼玉学園大の相沢幸悦教授(金融政策)は、そんな比喩を用いて株高のからくりを解き明かし始めた。「クジラ」に例えたのは、厚生労働相の委託に基づき公的年金資産を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)。国内外の株式や債券に投資し、137兆円の資産を有する世界最大級の機関投資家だ。

 このGPIFに目を付けたのが「株価連動内閣」を率いる安倍晋三首相だ。政府がまとめた成長戦略に基づき、GPIFは昨年10月末、国債を中心に運用してきた投資比率の見直しを決めた。60%を占めていた国債など国内債券を35%に引き下げる一方、国内株式と外国株式の割合を、それぞれ12%から25%に倍増させる。今はその真っ最中だが、国内株式を1%買い増すだけで、株式市場に1兆円超が流入するとされる。「クジラが巨大な口を開けて、狭い池の中の餌をあさっているようなものです」と相沢教授。

 GPIFだけではない。国家公務員共済、地方公務員共済、日本私立学校振興・共済事業団の3共済も3月20日に年金の投資比率をGPIFに合わせて運用することを発表した。「年金組織に株を買わせて株価を上げる。これでは市場の原理が働いていない。『官製相場』なんです」

 相沢教授が思い起こすのは1990年代に政府が実施した、株価維持対策(PKO)だ。バブル崩壊後に郵便貯金や年金資金を使って株価を買い支えようとしたが、市場原理をゆがめた結果、企業の競争力が失われて不良債権問題が起き、日本経済を傷めた。今やその「過ち」が繰り返されかねない状況なのに、安倍政権は意に介さないと教授は見る。

 「首相の悲願の憲法改正を実現するには、来年夏の参院選で勝つことが絶対条件。それまでは何としても株価1万9000円以上を維持しなければならない。今後も相場操作を続けるはずです」。今起きていることは、安倍首相が歴史に名を残すために不可欠な「演出」だというのだ。

 塩崎恭久厚労相やGPIFは「今の資産割合では約束通りの年金を支払えない可能性がある」と、株式投資拡大の正当性を主張する。だが、昨年4月までGPIFの運用委員会委員を務めた慶応大の小幡績准教授はこう批判する。「年金資金の持ち主は国民。その国民がハイリスク・ハイリターンを求めたいと決め、株式割合の増加を政府に求めたのであれば問題はありません。しかし、政府が国民のリスク許容度を確かめず、運用方針を根本的に変えたのは、進め方として問題です。株価が下落した時に、国民がリスクを取りたいとは思っていなかったと反発し、その反動で急に株式運用を減らす、というように方針がぶれるのが最悪のシナリオ。運用としては最も危険なことです」

 GPIFは「運用実績に悪影響が出かねない」として株式の買い入れ額などを公表していない。このため、東証の投資部門別売買状況の中で示される信託銀行の売買状況で推測するのが通例。信託銀は年金資金の運用が主体だからだ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘投資情報部長が解説する。「公的年金は下落局面で買い、下値を支えている。ただ、1万8000円を超えた後は数千億円単位の買いを控えています。資産全体に占める割合は現在、23%程度ではないか」

 みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは株高の要因として「各国の金融緩和策でグローバルな金余りが生じ、大量の資金が株式市場に流れ、ミニバブルの色彩を帯びています」と指摘。さらに日本の場合、公的年金に加え、日銀が金融緩和政策の一つとして実施している上場投資信託ETF)の購入の影響もあると説明する。昨年10月末の追加緩和策では、ETFの購入をこれまでの3倍に増やし、年3兆円規模にすると打ち出した。「株価が下がると日銀がETFを買う場面が目立つ。これならば株価が下がる心配がなく、海外投資家らの買いを呼び込んでいます」と話す。

 問題は増え続ける日銀保有ETFの扱いだ。その残高は今年3月末時点で約4兆4835億円に達する。上野氏は「株価の下落で含み損となり、日銀の信用を傷付けかねない。かといって売る方針をアナウンスすると、株価下落を招く。結局、保有し続けるしかないのです」。株価を支える役目と引き換えに日銀もリスクを抱え込んでいる。

 株価をせり上げているのは官邸と日銀の一部による「チーム・アベ」と位置付けるのが同志社大の浜矩子教授だ。「チーム・アベは、公共財と言えるGPIFなどの公的年金を使って株高を演出しているだけ。国民生活に悪影響を及ぼしかねない『火遊び』をなぜ露骨にやれるのか」。倫理観の欠如をまず批判する。

 ミニバブルとも言える株式相場には、下落に転じるリスクも付きまとう。「チーム・アベは株式市場を喜ばせる政策に熱心ですが、日本株を買った外国人投資家は虎視眈々(たんたん)と売り抜けるタイミングを検討している。きっかけは金融政策の変更ではなく、外国人投資家が『このあたりで売り抜けよう』とマインドを変えることが暴落の引き金になるかもしれません」。「Xデー」は明日にも訪れるかもしれないと浜教授は危惧する。

 それでも市場や経済界には円安・株高の実現で「アベノミクスは成功している」との声が根強い。輸出中心の大企業や株などを大量に保有する富裕層は、確かに恩恵を受けた。企業の業績改善に対する期待も高まっている。だが実質賃金は下がり続け、景気回復の実感は薄い。「最も怖いのは、今の異常な株高が醸し出す偽りの浮かれ気分に国民が引き寄せられてしまうことです。超低金利の中で生活防衛のために株に手を出した人たちが損を被ることが一番の悲劇なのです」

 チーム・アベは、魔法のかけ方は知っているが解き方は知らない「魔法使いの弟子」ではないか−−。浜教授はそう問い掛ける。円安や株高が過剰に進行したり、一気に逆方向に転じたりした時に、素早く、そして適切に事態を収拾する政策を持ち合わせているのかという疑問だ。

 つくられた株高のメッキがはがれた時、ツケを払わされるのは年金資金などを頼みもせずに使われた国民である。
    −−「特集ワイド:株価2万円のカラクリ」、『毎日新聞』2015年04月13日(月)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150413dde012020011000c.html





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