覚え書:「文民統制 青井未帆さんが選ぶ本 [文]青井未帆(学習院大学教授・憲法学)」、『朝日新聞』2015年04月12日(日)付。

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文民統制 青井未帆さんが選ぶ本

[文]青井未帆(学習院大学教授・憲法学)  [掲載]2015年04月12日

(写真キャプション)陸上自衛隊の創立祝賀式(1954年7月1日)


■軍事と異なる政治の確保を
 
 日本の政治を動かしている者のうちで、自衛隊を外交の道具として使いたいという欲求が、いよいよ高まっているようだ。文民統制シビリアンコントロール)について考えることは、私たちの自由にとり、そして自衛隊員の自由にとっても、重要になりつつある。
 戦前日本では軍政と軍令が分けられ、軍令権(統帥権)が独立していたことが軍部の独走を許した一つの原因である。そのため、背広組が制服組に優位する日本独特の文民統制が形成されてきた。纐纈厚(こうけつあつし)『文民統制』(岩波書店・品切れ)では、日本の文民統制について、歴史的な背景を含めて学べる。
 小泉内閣時の内閣法改正により、内閣官房の企画立案機能が明文化されて、官邸主導で内閣官房が法律案を作成するようになった。武蔵勝宏『冷戦後日本のシビリアン・コントロールの研究』は、周辺事態法やテロ特措法等の立法過程の事例分析を通じ、官僚機構、内閣、与党、国会をアクターとして、制服組の統制のありかたの違いを描き出す。一口に文民統制といっても、複雑な諸相を持つことがわかる。

■決定的な変化も
 日本型の文民統制を支えてきた制度は、大臣統制補佐権と防衛参事官制度だが、後者は2009年に廃止された。そして前者も今国会に提出された防衛省設置法改正案が成立すれば、決定的に性格を変えることになる。現行法で背広組は隊務に関しても大臣補佐をなしうる位置づけだが、改正案では軍事専門的な補佐が制服組に一元化されるためだ。
 戦前日本にも、立憲主義の観点からの研究があった。軍事法の第一人者・藤田嗣雄の「欧米の軍制に関する研究」は、1937年に東京大学から学位授与されたが当時は未刊。91年に出版された(信山社出版・5万1840円)。リベラル・デモクラシー国の軍制において、立憲主義は文権優越主義として現れると指摘していた。
 統帥権独立の前に文民統制が語られる余地を持たなかった戦前と、統制の対象が消滅した戦後直後、そして現在を見比べたとき、藤田の研究は、文民統制論が戦後、憲法論として十分に展開されなかったことの意味を改めて問うものだろう。
 憲法学者の手による数少ない書として小針司の『防衛法概観』は、文民統制立憲主義の観点から防衛法制の全体像を提示。すでに大きく変更された制度も多いが、理論的な問題も含め、文民統制の背景にある考え方を理解する上で、見取り図となる。

■好戦的文民なら
 文民の側に軍を統制する力量がない場合や文民の方が冒険的であったり好戦的であったりする場合、文民統制は破綻(はたん)する。
 安定したデモクラシーの国でも、攻撃的戦争はなくならない。どうしたらよいのか。三浦瑠麗『シビリアンの戦争』は、このような問題に切り込む。
 三浦の処方箋(しょほうせん)は、政治家の抑制的な態度と「共和国化」である。「緩やかな徴兵制度の復活ないし予備役兵制度の拡充により、国防に関わる軍の経験や価値観をひとりでも多くの国民が体験すること」を提案する。
 刺激的である。しかし文民統制論はこれまで、軍事的合理性とは異なる政治的判断の確保を課題としてきたのであった。ましてや、日本には戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認を謳(うた)う憲法9条がある。軍事的合理性を軍と国民が共有する「国のかたち」は想定可能なのか。政治文化のあり方として望ましいのか。本書は私たちに考えるきっかけを提供している。
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 あおい・みほ 学習院大学教授(憲法学) 73年生まれ。『憲法を守るのは誰か』など。
    −−「文民統制 青井未帆さんが選ぶ本 [文]青井未帆(学習院大学教授・憲法学)」、『朝日新聞』2015年04月12日(日)付。

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