覚え書:「特集ワイド:「煙独」ムードじわり 「過去と向き合う」優等生 片や戦後70年安倍談話で論争」、『毎日新聞』2015年04月14日(火)付夕刊。

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特集ワイド:「煙独」ムードじわり 「過去と向き合う」優等生 片や戦後70年安倍談話で論争
毎日新聞 2015年04月14日 東京夕刊

(写真キャプション)7年ぶりに来日し、安倍首相との共同記者会見に臨んだイツのアンゲラ・メルケル首相(左)=首相官邸で2015年3月9日、藤井太郎撮影

 ◇「煙独(けむたいドイツ)」ムードじわり

 日本とドイツ。戦後70年の「安倍談話」を巡る論争の影響もあり「過去」への姿勢で何かと比べられる両国だが、一方は優等生扱いされることが多い。そんな状況に「ドイツがそんなに立派なのか」といらだちを募らせる言論が、ネット上や一部メディアで目立ち始めている。「嫌独」とまではいかないが、ちょっと煙たがる「煙独」ムードがじわりと広がっているようだ。【庄司哲也】

 <おいおい戦争について一切謝罪していないドイツが上から目線かい?>

 <何でも悪い事はナチスのせいで済むんだからいいよな>

 いずれも、3月に来日したメルケル独首相の講演会を伝える記事への、ネット上の反応だ。メルケル首相はそこで、ドイツが欧州で和解を進められたのは「一つには、過去ときちんと向き合ったからだ」と述べ、アジア地域の国境問題についても「あらゆる試みを重ねて平和的な解決を模索すべきだ」などと語った。中には<ドイツも過去を反省しギリシャに土下座し過去の援助をチャラにし賠償金を支払うべきだね>とのコメントもあった。ギリシャのチプラス政権が、第二次世界大戦中のギリシャ占領で被った損害の賠償をドイツに求めていることを持ち出し、ドイツを皮肉ったのだ。

 「過去の総括は和解のための前提の一部分だった」。メルケル首相は3月9日の安倍晋三首相との共同記者会見でも、ナチスホロコーストユダヤ人大虐殺)の罪を総括することの重要さに触れた。同11日付の産経新聞は「ナチスと日本混同か 『中韓影響』安易な同一視」との記事を掲げ、韓国のロビー活動や中国の宣伝工作の影響を指摘し「(日本は)ナチス・ドイツのような組織的な特定人種の迫害・抹殺行為など全く行っていない」と反論した。

 巻頭コラム「大喝」で「『ドイツ神話』の呪縛を絶て ワイツゼッカー演説やメルケル発言を有難がるな」との見出しを掲げたのは、月刊誌「テーミス」4月号だ。メルケル発言とともに、1月に亡くなったワイツゼッカー元独大統領の「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目になる」という有名な言葉を紹介し「大東亜戦争慰安婦問題とユダヤ人大虐殺は、全く違うものである」「ドイツ贔屓(びいき)は多いが、彼らの心底も見抜かなければならない」と説く。

 ◇メルケル氏発言、実は慎重

 メルケル首相を巡っては、民主党岡田克也代表との会談で「慰安婦問題の解決を促した」と報道され、菅義偉官房長官がドイツ政府から「日本政府がどうすべきだという発言はしていない」と連絡を受けたことを明らかにした。こうした混乱が「煙独」に拍車をかけた面もありそうだが、敗戦国として共に歩んできたドイツに「上から目線」「ありがたがるな」といった言葉が投げつけられる状況は、少なくとも正常とは言えまい。

 「『教えたがり』はドイツの国民性ですが……」と苦笑しつつ「ドイツに関しどう言及するにせよ、要人の発言はもっと詳細に見るべきです。彼らは慎重に言葉を選んでいますよ」と語るのはドイツ現代史が専門の佐藤健生・拓殖大教授だ。確かにメルケル首相も講演の冒頭で「アドバイスする立場にない」と断るなどしており、決して高所から「こうすべきだ」という言い方はしていない。

 その佐藤教授は、第二次大戦後の日独を比べるより、今むしろ着目すべきは第一次大戦後のドイツと現代の日本との類似性だというのだ。

 「第一次大戦後のドイツは世界で最も民主的といわれたワイマール憲法を持ち、男女平等の普通選挙も実施した。初めての民主主義です。でも実際は小党が乱立して首相は頻繁に交代。ユダヤ人へのヘイトスピーチも過激化していきました」。ワイマール憲法平和憲法と読み替えれば、戦後日本と重なる部分は多い。「ドイツは1度の失敗に懲りず、2度目を引き起こして心底懲りた。だからこそ第二次大戦後は『民主主義の徹底』の道を歩んだ。『罪をナチスに背負わせた』という批判もありますが、罪はなくともドイツ人である限り責任は伴うという姿勢は、揺らいでいないのです」

 「煙独」はネットやメディアばかりではない。他ならぬ岸田文雄外相もメルケル首相滞在中の記者会見で「日本とドイツでは先の大戦で何が起こったか、どういう状況下で戦後処理に取り組んだか、どの国が隣国なのかといった経緯が異なり、両国を単純に比較することは適当でない」と、違いを強調した。

 影響力のある政治家は、過去にどう向き合うべきなのか。「ドイツも過去を巡り国内に激しい論争を抱え、試行錯誤を繰り返しながら『過去と向き合っている』というイメージを国際的に定着させていった。それには政治家の役割も大きかった」と話すのは、成蹊大の板橋拓己准教授(ドイツ政治外交史)だ。

 日本で日独を比較する際には、ワイツゼッカー元大統領やワルシャワユダヤ人ゲットーの記念碑前でひざまずき謝罪したブラント元西独首相が挙げられることが多いが、板橋さんが注目するのはアデナウアー西独初代首相だ。「主権回復や独仏和解、奇跡的な経済成長を成し遂げた政治家として知られますが、同時に西ドイツが国際社会でどう映るかに敏感で、ユダヤ人への罪の償い、イスラエルとの和解が国の威信向上にもつながることを強く意識していた。保守の人ですがナチスに迫害された経験を持ち、国内のナショナリズムの熱狂にも不信感を持っていました」

 そのうえで「ナショナリズムをあおるような政治家の内向きの発言は、事態を悪化させるばかりです」と語る。

 ◇結局は日本人自身の問題

 再び佐藤教授。「本来は『ドイツでは』でも『ドイツとはここが違う』でもなく、日本人自身が『過去』としっかりと向き合わなければならないはずです」。双方に疑問を投げかけるのだ。

 ところで、ドイツの日本に対する視線はどうなのか? 気になるデータがある。昨年の英BBC放送の世論調査の結果だ。「日本は世界に悪い影響を与える国」と答えたドイツの人の割合は46%。「良い影響を与える国」という回答は28%に過ぎない。しかも「日本が悪い影響を……」とした人の割合は、同じ調査をした国々の中で中国、韓国に次ぎ3番目に多かった。マイナスイメージは相当に強い。

「ワイマール憲法はいつの間にか変わりナチス憲法になった。あの手口、学んだらどうかね」。現政権にはそんな発言をした閣僚もいる。ヘイトスピーチを繰り返す団体との関係が取りざたされた閣僚もいる。負の材料には事欠かない。

 そういえば、メルケル首相は訪日中に「表現の自由」に触れる発言もしていた。ドイツでは……。いや、やめよう。ドイツ人の言葉を借りるのではなく私たち自身が向き合うべき問題なのだから。
    −−「特集ワイド:「煙独」ムードじわり 「過去と向き合う」優等生 片や戦後70年安倍談話で論争」、『毎日新聞』2015年04月14日(火)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150414dde012010005000c.html





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