覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『モンサント』=マリー=モニク・ロバン著」、『毎日新聞』2015年04月26日(日)付。

Resize2156

        • -

今週の本棚:松原隆一郎・評 『モンサント』=マリー=モニク・ロバン著
毎日新聞 2015年04月26日 東京朝刊

 (作品社・3672円)

 ◇遺伝子の知的所有権で世界の食糧を支配

 モンサント社は強力な除草剤である「ラウンドアップ」(「一網打尽」の意)とそれにも耐性を持つよう遺伝子組み換えした大豆種子「ラウンドアップ・レディ」を擁し世界の農産物市場を支配する、資本金にして100億ドルを超える巨大企業である。

 同社は遺伝子組み換え作物(GMO)により2030年までにトウモロコシ、大豆、綿の収量を2000年の倍にし、栽培に必要な水や肥料などの資源は従来の三分の一に削減すると宣言している。そうした生産性向上と資源保全は世界の爆発的な人口増加を維持可能なものにするとして、「食物、健康、希望」をスローガンとして謳(うた)っている。

 そんな同社を、本書は全面的に否定する。けれども安全性や広告については国の規制があり、専門家が中立的な立場で認可している。だから安全性についてなら、同社のみならず認可に当たったFDA(米食品医薬品局)とも学術論争を繰り広げなければならない。

 ところがそんな見方こそがモンサント社の仕掛けた罠(わな)だというのが、本書が暴いたことなのである。試作された遺伝子組み換え作物をFDAが中立に認可するとか、伝統農法の作物と市場で対等に競争させるとか、消費者が熟考しつつ選択するといった民主的で自由な市場経済という枠組みに同社は服さない。むしろその枠組みを巨大資本にものを言わせて骨抜きにする点に同社の恐ろしさがあると、著者は見る。

 本書は多くの証言や資料の引用、ロバン女史の語りからなり、暗いわりには話が流れて読みやすい。そこから浮かび上がるのは、利益を稼ぐには市場のルールに服するよりも裏をかこうとする同社の一貫した体質である。

 裏づけとなる文献・データが巻末に記載されているが、大筋は著者が監督したドキュメンタリー映画モンサントの不自然な食べもの」に即している。作品はNHK BSが2008年に「アグリビジネスの巨人“モンサント”の世界戦略」と題して放映したので、ご覧になった方も少なくないだろう。

 1901年創業のモンサント社は、20年代から化学薬品のメーカーとして頭角を現す。ヒット商品「アロクロール」は変圧器の冷却剤等に用いられたPCBで、焼却されるとダイオキシンに変化する。それを含む枯れ葉剤がベトナム戦争で米軍に用いられ、同社を潤した。ベトナムには現在に至るまで奇形児が数万とも言われるほど誕生したが、米軍兵士側にも脚を切断するような障害が残る者がおり、同社を集団告訴した。

 同社がダイオキシンの毒性を知っていたか否かが争点となったが、夥(おびただ)しい数の告訴を受けてもむしろ裁判を有利に進めることを選ぶのがその後のモンサントの経営戦略となったと著者は見る。

 90年代になると同社は分子生物学を応用した農業分野に進出する。化学メーカーとしては除草剤ラウンドアップが主力商品だったが、それに耐えうる大豆を開発したのだ。しかし当時から遺伝子組み換え技術には疑問が囁(ささや)かれていた。遺伝子の操作は、(BSEの原因となるプリオンのような)人体にとって危険で未知のタンパク質を生み出すかもしれないからだ。

 これに対して同社は、遺伝子を組み換えた作物といっても「構成要素はタンパク質、脂肪、炭水化物などで一般的な食物と同じか、実質的にほぼ同じ」(実質的同等性の原則)と主張する。遺伝子を組み換えても安全な既知の食品と成分が変わらないなら、検査する必要はなくラベルにGMOと表示する必要もない、と。

 それを認可機関が認めるかどうかが問題となるが、同社は奇怪な「回転ドア」によって対応したと本書は指摘する。同社から立法府や規制機関であるFDAへと人材が送り込まれ、その後に還流させたとして、実名が挙げられている。さらに同社は生データの提出をも「企業秘密だから」としてしばしば拒否している。

 しかしそれだけでは、同社は世界を震撼(しんかん)させる怪物にまではのし上がらなかっただろう。決定的なのは、特定の遺伝子にかんし同社が知的所有権を認可されたことだった。それにより、収穫した同社の大豆を翌年に蒔(ま)いた農家や、飛来した花粉で知らぬ間に遺伝子が混入した畑の所有者は、遺伝子の使用料を請求されるようになる。南米の伝統小麦には汚染が広がり、多くの農家が請求や訴訟に苦しんでいる。

 TPP交渉にも米国代表に同社関係者が加わっていると言われるが、日本への影響はどうだろうか。実は評者は一昨年、本欄で同社の遺伝子組み換え作物に発がん性リスクがあると述べた本を紹介したところ、「専門家でもない貴殿がどういう資格で宣伝するのか。回答は公開する」といった内容の手紙が届いた。差出人について調べると、「日本モンサント」に在籍した人間が代表を務めたことのある組織の事務局長だった。

 今後、そうした言論闘争があちこちで仕掛けられるのだろう。それをはねのけてきた著者の不屈の闘志に、満腔(まんこう)の敬意を表したい。(村澤真保呂、上尾真道訳)
    −−「今週の本棚:松原隆一郎・評 『モンサント』=マリー=モニク・ロバン著」、『毎日新聞』2015年04月26日(日)付。

        • -





http://mainichi.jp/shimen/news/20150426ddm015070037000c.html


Resize2133

モンサント――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業
マリー=モニク・ロバン
作品社
売り上げランキング: 2,493