覚え書:「インタビュー:小学校の英語 関東学院大学教授・金森強さん」、『朝日新聞』2015年05月14日(木)付。

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インタビュー:小学校の英語 関東学院大学教授・金森強さん
2015年05月14日

(写真キャプション)「『英語は小さいうちから』は大人の幻想です」=横浜市金沢区、時津剛撮影
 文部科学省は小学校での英語の開始時期を、現在の5年生から3年生に早める方針だ。小学校英語は長いあいだ「日本人の英語」の水準を上げる切り札とみられてきた。だが、20年以上にわたって、のべ約千校の小学校で子どもたちの英語の授業を見てきた金森強さんは、そんな大人たちの期待に「ちょっと待ってほしい」という。

 ――小学校の英語を研究、指導するようになったきっかけは。

 「もともと小学校での英語教育には反対でした。英語は中学から始めるべきだと考えていましたから。20年ほど前に長崎の短大で教えていた時、地元の小学校が英語教育の研究開発校に指定され、現場の先生たちと一緒に取り組むことになりました。それが小学校英語との出会いです」

 「小学生は英語の表現を教えてリピート(復唱)させたら、まねして言えるようになります。でもそれだけでは十分ではありません。それより、教室で外国語指導助手(ALT)と関わり、自分の考えや気持ちが伝わることの方が大切です。アイ・ライク・ドッグズ(犬が好き)とかアイ・ライク・キャッツ(猫が好き)とか、簡単でも、自分が発した言葉が外国人に伝わった時って、子どもたちにとってはすごい瞬間なんです」

 ――なるほど。

 「あるとき、子どもが『わかった』とうれしそうに言いました。何がわかったのか聞くと『アイ・ライクの後を変えたら何でも言える』と、日本語との違いに自分で気づいたことが楽しいんですね」

 「そうか、子どもが外国語に出会う授業とはこういうことか、と私は思いました。英語を教わるというよりは、日本語と違う言葉があることや、言葉そのものへの気づきです。これこそ小学校段階での英語教育の意義だと、子どもたちから気づかされました」

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 ――私たち大人がイメージしがちな、先生が教え、子どもたちに復唱させて使えるようにする、という授業とは違いますね。

 「専門家の先生たちからは『あなたがやりたいことは英語の授業ではない』と言われました。国際理解や言葉の教育なら、英語でやらなくてもいいだろう、と」

 「でも、母語の日本語ではなく外国語が入るから、子どもたちが自分でいろいろなことに気づくチャンスになるのです」

 ――どういうことですか。

 「例えば発音です。ONE、TWO、THREEのTWO。ALTの先生に発音してもらうと、子どもたちが『ツーじゃないぞ』って言い出すのです。何?って聞いたら『トゥー』だって。口をとんがらせて見せてくれます。この気づきは、先入観や抵抗感が少ない小学校段階だからこそです。将来、英語以外の様々な言語を学ぶ時にも役立つ大事な視点です」

 「さらに面白いのは、子どもたちが日本語では言わないことを、英語でなら言うことですね」

 ――ちょっと待ってください、日本語では言わないことを英語で言えるとは。小学生なのに?

 「いえ、小学生だから、です。先生が英語で『何が好き?』と尋ねます。算数や理科と違って正解はありません。犬でもヘビでも、子どもたちは好きなものを答えればいい。すると先生は『そうなんだ』と受け止め、『よく出来たね』とほめてあげるのです。子どもはうれしいですね。みんなの前で先生が自分の発言を認めてくれたのですから。でも日本語だったら、わざわざ5年生や6年生にもなって言うことではありません」

 「子ども同士でも『へえ、○○ちゃんは犬が好きなんだ』とか、『私もだよ』などとコミュニケーションが生まれます。先生たちからは『普段あまり付き合いのない子ども同士でやりとりしている』とか、『外国語活動で子ども同士がつながった』と言われます」

 ――一方で、小学校段階で英語嫌いになる子が増えているという話も聞きます。何をやっているのかわからない、ついて行けないという子もいるそうです。

 「そういう場合、ほかの授業にも影響を与えているようです。子どもの様子や気持ちは、子どもと一緒にいる時間の長い担任の先生だからこそ分かることであり、対応が可能となります。小学校ならではの長所だと思っています」

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 ――小学校の英語教育には保護者だけでなく経済界からも期待が高いですね。小さい時から始めたほうが出来るようになると考えている大人は多いようですが。

 「わかってほしいのですが、週に数時間やったぐらいで外国語の力はつきません。スポーツや楽器と同じです。小学校から始めたら子どもたちの英語力が一気にあがるなどという幻想だけは、どうか持たないで下さい。むしろ中学校の方が大切です」

 ――文科省は5、6年生の英語を正式の教科に変える方針です。中学英語の一部が小学校におりてくると考える人も多いでしょう。

 「中学英語の内容や指導法を前倒しにすればいい、中学英語の免許取得者や英語が得意だという大人が指導すればいい、というものではありません。むしろ中学や社会での経験が邪魔になるおそれもあります。外国語の指導法だけでなく、児童心理学など教育や子どもについて十分に学び、様々な問題を抱える教育現場で他の教員と一緒に取り組める、しっかりした教育観を持つことが大切です」

 ――教科になれば、国公私立の中学入試も変わりそうです。

 「既に英語入試を実施している私立中学もあります。ただし入試でリスニングやスピーキングがなければ、親や学校はペーパー試験の対策に専念します。これでは言葉への気づきやコミュニケーションの素地を養うといった、音声指導中心による本来の小学校の英語教育の目的は達成できません」

 「一方で、小さい頃から塾や英会話教室に行ける子は有利になる。家庭の経済力の違いによって早い段階で英語力の格差が広がっていくことも心配です」

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 ――国は20年度までに全国で、という方針を掲げていますが。

 「たった5年しかありません。5年生からの『教科』も3年生からの『活動』も、これまでの日本の教育にはないことです。大きな変革をするのに、そんなに急いでいいのかと思います。そもそも、なぜ2020年なのか。具体的な根拠があるのでしょうか」

 「小学校の英語教育の推進に反対ではありませんが、『必要だ、急げ、もう議論はいらない』などではなく、何をどう教えたらどういう効果があるのか、データを十分に集め、検証し、小学校から始める英語教育の在り方について議論を重ねるべきです。教材づくりや教員養成にも時間が必要です」

 ――小学校の現場に英米人をもっと入れるべきだという声もあります。これについては。

 「小学校英語を扱ったNHKの番組で、キャスターの質問に答えて『英米だけでなく様々な国から来たALTがいて、彼らに接してコミュニケーションをとることが子どもたちにとって重要』と話しました。実際、世界で英語を使っているのは英米人だけではありませんから。そうしたら『おまえは子どもに偽物の英語を聞かせろというのか』という抗議の電話がたくさん来て、驚きました」

 「『隣の中学のALTは白人なのにうちの子の中学は違う』と抗議する親もいます。日系人だともっと激しい。『日本人じゃないか』と。外国語や国際理解の教育が目指すこととは正反対の偏見であり、差別になりかねないと、なぜ気づかないのでしょうか」

 ――ところで、英語の世界に入ったきっかけは。

 「私は長崎で生まれ、母は被爆者でした。小さい時から原爆の話をたくさん聞いて育ちました。小学校の時、真夏の炎天下の校庭でみんなで被爆者の話を聞きました。あまりの暑さのため友だちが倒れてしまいました。そこへ先生が走ってきて『原爆を受けた人たちはもっと熱かったんだ、アメリカが落としたんだ』とすごい形相で言うんです。そのためでしょうか、アメリカは怖い、というイメージがずっとありました」

 「だからこそ、アメリカに発信したい、長崎のことをアメリカ人に伝えたいと思ったのが、英語の世界に入ったきっかけです」

 「大学や職場で出会ったアメリカ人にはやさしい人もいました。『○○人はこうだ』と決めつけたらいけない。そこに思い至るまでには相当時間がかかりました」

 「子どものときの体験は大きい。だからこそ、小学生の段階ではいろいろな国の人とふれあい、いろいろな文化があること、外国語で伝え合うこと、言葉でつながることの楽しさや豊かさを、伸び伸びと体験してほしいのです」

 (聞き手 編集委員・刀祢館正明)

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 かなもりつよし 60年生まれ。英語教育・音声学。中央教育審議会専門部会の元委員。著書「英語力幻想」「小学校外国語活動 成功させる55の秘訣(ひけつ)」など。

 ◆キーワード

 <小学校での英語学習> 小学5〜6年で週1コマの外国語活動(英語)が2011年度に必修化された。文科省は「東京五輪パラリンピックを見据え」、遅くとも20年度までに「活動」を3〜4年生に早め、5年生からは算数や国語などと同じく、成績をつける「教科」にする方針だ。
    −−「インタビュー:小学校の英語 関東学院大学教授・金森強さん」、『朝日新聞』2015年05月14日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11751974.html


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