覚え書:「特集ワイド:自民党にもハトがいた 過去を学び「分厚い保守政治」を目指す若手議員の会」、『毎日新聞』2015年05月13日(水)付夕刊。

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特集ワイド:自民党にもハトがいた 過去を学び「分厚い保守政治」を目指す若手議員の会
毎日新聞 2015年05月13日 東京夕刊

 すっかり姿を消したとばかり思っていた自民党にハトがいた。「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」がそれ。安倍晋三首相にモノ申すほどの勇ましさはなさそうだが、ようやく「歴史修正主義的なナショナリズムを排そう」との声が聞こえてきた。タカにぱくっと食われやしまいか?【鈴木琢磨

 ◇バランス感覚必要

 かれこれ1年前のこと。衆院議員1年生だった武井俊輔さん(40)と同期の石崎徹さん(31)が議員宿舎のエレベーターで顔を合わせた。武井さんは岸田派、ハト派で知られる名門「宏池会」の流れをくむ派閥にいる。無派閥の石崎さんが声をかけた。「リベラルって宏池会だけじゃないですよ」。しばらくして2人で飲んだ。歴史好き同士、意気投合する。歴史認識を巡って、安倍政権と韓国、中国との関係がこじれにこじれていくころである。

 武井さんは宮崎出身の元サラリーマン、石崎さんは新潟出身の元官僚。2人のカラーは違うが、戦争はむろん、ジローズフォークソング戦争を知らない子供たち」も知らない。バブルの恩恵も知らない。日本が自信を失っていくなかで永田町にやってきた。そして、いきなり巨大与党の一員となったが、それゆえ個人の存在感は薄い。安倍首相のキャッチフレーズは<日本を取り戻す>。それを2人は否定しない。「総理自身はバランス感覚をお持ちだと感じる。ただ、総理を支持すると言いながら、一部を切り取り『反韓』など自らのナショナリズムに利用している人がいる気がする。もっとバランス感覚が必要なんじゃないかな。保守の王道って多様な意見を包摂する奥深さですから」(武井さん)

 いつしか若手で勉強会をやろうとなった。昨年12月の衆院解散もあり、設立は遅れに遅れてこの7日。なんとか戦後70年の夏に間に合った。同期の衆院議員、国場幸之助さん(42)も発起人代表になり、当選1−2回の衆院議員と2013年初当選の参院議員に呼びかけ、設立総会には二十数人が集まった。ゲストの戦後政治の生き字引、古川貞二郎・元内閣官房副長官から歴代首相の秘話を聞いた。次回は作家の浅田次郎さん。「党本部や官邸に説明しました。別に政権転覆じゃないですからね」(石崎さん)。会の冒頭、谷垣禎一幹事長が寄せた「戦後70年という大きな節目のなか、誠に時宜を得たものと考える」とのメッセージが読み上げられた。

 いささか老かいな「演出」に鼻白むが、2人にはこだわりなき世代らしい素直さはある。中央大で史学を専攻したからなのか、武井さんは「歴史はあくまで科学ですから」と歯切れがいい。そして差し出したのは評論家の大塚英志さんが産経新聞に寄せた「歴史認識」なる文章だった。1995年4月9日とある。戦後50年のときだ。<……特定の新聞の記事などにもしばしば感じるのだが、歴史的事実を確定していく努力が、奇妙な歴史修正主義へと収斂(しゅうれん)していく傾向のある点に同意はできない。歴史的事実を確定するという行為を「捏造(ねつぞう)を暴く」という文脈で行ってしまった瞬間、ぼくたちは歴史に対する正しい距離感を失う>

 「僕の思いそのまま。あれから20年たって、状況はますますひどくなった」。地元の宮崎交通に就職した。「ちょうど韓流ブームでね。宮崎からも直行便ができて、ヨン様大好きのおばさまたちがどっとソウルへ飛んでいった。ここがヨン様の座ったイスだとかね。彼らの文化戦略でもあったでしょうが、人と人が交流することはいいじゃないですか。日本人は中国人の爆買いをたたいたりもしていますが、われわれも昭和40年代のころ、エコノミックアニマルなんて言われたんですよ。いつか来た道じゃないですか。それより、お互いが理解を深めないと」

 ◇悲惨な戦争いや

 あの戦争をどう評価していいか、石崎さんはすぱっとした答えを持てないでいる。元財務官僚の秀才だが、ちゃちゃっと無難な政府答弁を書くようなわけにはいかない。昨年の8月15日、地元の新潟日報に平和についてのインタビューが載った。<まだ終戦記念日などに靖国神社を参拝していないのだが、それも戦争の責任の所在について整理できていないということがある。それに与党としての行動の重みを考えたときに、何百人もいる自民党国会議員が一度に参拝することが良いことなのか、とも思う。(略)いま国会議員として、戦時の政治家、行政官、軍人ら指導者層の責任を教訓にしなければいけないと考える。特に政治家が戦争を止める勇気を発揮できなかったことは非常に残念だ>。苦渋がにじんでいる。

 なら、憲法9条はどうします? そう問うてみた。

 「改憲は立党の精神です。そこに所属しているからには尊重しなければいけませんが、憲法の成立過程だけでなく、戦後の平和の歴史も見詰めていかないといけない。そこを踏まえた議論をしていくべきでしょう。それに世間の空気も改憲はともかく、9条は変えなくていいとの意見が多いんじゃないですか。僕もいますぐ9条の改正を心から納得できるかと突き詰められれば、うーん、となる。祖父母の家には戦死した兄弟の遺影が飾ってあり、戦争犠牲者のことを身近に感じてもきました。悲惨な戦争はいやですからね」

 苦渋の顔にさらに問いを投げた。安倍首相は「戦争のできる国」にしようとしているんじゃないですか?

 「現段階でわが党がそうした方向へ向かっているとは思っていません。これからの安全保障法制についての国会審議で、後方支援や機雷の掃海など国民の疑問に丁寧に答えていく必要はありますよ。外交には共同体的アプローチもあり、僕はアジア太平洋共同体を長い目で目指すべきだと思っている。アジア太平洋でウィンウィンでいける新しい関係を模索していきたい」。戦後70年の「安倍談話」に注文をつける気はない。「ただ総理はどんな歴史観か。ぜひうかがいたいなあ。まとまって聞いたことないですから。会に呼ぶなんて失礼ですから、こちらからお訪ねしますが」

 7日夜、武井さんは設立総会を伝えるTBS系の「ニュース23」に見入っていた。かつてキャスターをしていたジャーナリストの筑紫哲也さん(08年死去)のことを思い浮かべながら。「僕が早大の大学院に通っていた時、教授をされていてね。毎回、ユニークなゲストを呼んでこられるんですよ。(京セラ創業者の)稲盛和夫さんかと思えば、『噂の真相』編集長の岡留安則さんだったり。主義主張、立場を超え、人に会う大切さを学びました。筑紫さんがおられたら、この会、どうコメントされただろうって」

 さあ、「勉強もいいが……」とちょっと苦笑いしたのではないか。
    −−「特集ワイド:自民党にもハトがいた 過去を学び「分厚い保守政治」を目指す若手議員の会」、『毎日新聞』2015年05月13日(水)付夕刊。

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