覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『朝鮮王公族−帝国日本の準皇族』=新城道彦・著」、『毎日新聞』2015年05月17日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『朝鮮王公族−帝国日本の準皇族』=新城道彦・著
毎日新聞 2015年05月17日 東京朝刊

 (中公新書・907円)

 ◇日本の屈折姿勢 背景に列強への警戒心

 今年は戦後七〇年の節目にあたるので、安倍首相が夏に発表する歴史談話の中身に注目が集まっている。今月初めには、欧米で活動する日本研究者一八七名が声明を発表し、戦後日本の平和の歩みは全世界からの祝福に値するものの、いわゆる「慰安婦」をめぐる歴史問題では、日本と東アジア諸国間に火種が残されているとした。

 著者は、これら現実世界から距離をとり、四年前から施行された公文書管理法によって劇的に利用が進んだ宮内庁宮内公文書館所蔵の韓国併合関係書類等の新史料を丹念に読み込み、斬新な視角で本書を描いた。

 この本は、宗主国対植民地といった枠組みをとらない。それらはすでに多く書かれ、世に存在する良書に譲るとばかりに著者は、一九一〇年になされた日本の韓国併合という事象を別の角度から捉える。

 すなわち、天皇を戴(いただ)く大日本帝国という一つの帝国が、皇帝を戴く大韓帝国(一八九七年から国号を大韓とする)という一つの帝国を併呑(へいどん)したこと、これを併合の肝と見なしたのである。

 併合直前、寺内正毅率いる現地の統監府側と東京の内閣側との火急の交信は、韓国皇帝・帝室の処遇をめぐってなされた。内閣側が用意した「大公」ではなく、韓国側の要求する「王」の呼称を採用すべきだとした寺内の論が勝をしめる経緯が、史料から鮮やかに導かれる。

 事実、併合条約と明治天皇詔書とによって、韓国帝室に尊称と名誉と歳費を与える旨を日本は確約した。皇帝であった純宗、その父の高宗太皇帝、皇太子の李垠(イウン)などの帝室嫡流を王族とし、皇帝の弟などの傍系を公族とし、本書のタイトルでもある朝鮮王公族という呼称を韓国帝室に与えている。王公族は日本の皇族と同じ礼遇を受け、天皇家に次ぐ一五〇万円の歳費をも受けた。当時の日本の各宮家の皇族費が四万−一〇万であったことを考えればその額の大きさがわかるだろう。

 なぜ日本の当局は、大韓帝国皇室を「厚遇」しようとしたのか。このように問う著者の頭には、一八七九年の琉球処分の際、日本が琉球王を華族とした対照例が浮かんでいるのだろう。華族といえば聞こえはよいが、皇族との対比では臣民の側に分類される。あるいはまた、著者の頭には、一八九八年のハワイ併合の際、アメリカがハワイ王を市民に落とした例なども浮かんでいるのだろう。

 ここまで読んでこられた方のなかには、日本の安全保障上の都合によってなされた併合であれば、この程度の「厚遇」は当然だと思われた方もいるかもしれない。だが著者の問いに意義があるのは、このように問うことで、当時の日本の置かれていた歴史的な環境が浮き彫りになるからである。

 著者はいう。「併合を国際的な『合意』として実現するために、条約締結権を持つ皇帝やその一族を懐柔しなければならなかった」のだと。日露戦勝によって韓国を保護国化した日本だったが、併合後に武力闘争や暴動が起これば、隣接する満州中国東北部)の問題にもからみ、列強からの干渉を招きかねなかった。条約を締結する主体だったからこそ韓国帝室を厚遇した日本の屈折した姿勢には、西欧近代の主権国家体制のルールに従順であって初めて独立を許されてきた日本の過去が色濃く投影されていた。

 本書の後半では、がらりと趣向を変え、帝国日本のなかで家の維持に苦悩した朝鮮王公族の個々の姿を描く。そこに展開される、人間的な、あまりに人間的なドラマは、読み手を魅了してやまないはずだ。
    −−「今週の本棚:加藤陽子・評 『朝鮮王公族−帝国日本の準皇族』=新城道彦・著」、『毎日新聞』2015年05月17日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150517ddm015070068000c.html



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