覚え書:「インタビュー:遺伝上の父を捜して 非配偶者間の人工授精で生まれた医師・加藤英明さん」、『朝日新聞』2015年05月16日(土)付。

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インタビュー:遺伝上の父を捜して 非配偶者間の人工授精で生まれた医師・加藤英明さん
2015年05月16日

(写真キャプション)「単なる遺伝上の父でしかないけれど、精子提供者が見つかれば、一緒に酒が飲みたい」=時津剛撮影
 体外受精、提供された精子卵子を使った受精、代理出産……。「子どもがほしい」という願いに応えようと、生殖補助医療技術の進歩はめざましい。加藤英明さんは、そんな医療で生まれる子どもの立場をもっと考える必要があると訴える。非配偶者間の人工授精(AID)で生まれ、医師でもある加藤さんに聞いた。

 ――匿名の提供者の精子を使うAIDは、日本では1948年に始まりました。

 「30代前半で結婚した両親は子どもができませんでした。検査を受けると、父が無精子症でした。精子提供という方法を紹介された慶応大学病院で、母は匿名の医学生精子を使って妊娠。ふつうに妊娠したという形で地元に戻って44歳で僕を産みました」

 ――いつ知ったのですか?

 「医学部の5年生、29歳のときでした。父母と僕の血液で白血球の型を調べる実習で、父と血がつながっていないことに気づきました。母に尋ねると、一応答えてくれましたが、いろいろ質問すると機嫌が悪くなり、『勝手に調べるあんたがいけない』と、何も話さなくなりました。遺伝上の父がだれだかわからないのです。受け止められませんでした。身の置きどころがないような浮遊感に襲われました。『だまされてきた』と思ったし、気づかなかった自分もバカだと思いました」

 「AIDに関する論文や書籍、新聞記事を読みあさりました。子どもの会みたいなところで相談できると思っていましたが、そんな会はありませんでした。遺伝上の父を捜すため、僕の大学の産婦人科の教授に相談し、母が診てもらった慶大の元教授に会いました」

 「1人の医学生が10人まで精子を提供したというので、異母きょうだいと結婚する可能性や遺伝の問題を質問したのです。『異母きょうだいと出会うことはまずないし、提供者には感染症検査をし、家族の病歴も聞いた。自分が面談して決めたから大丈夫』という答えでした。元教授は、親にも生まれた子にも感謝されているという認識で、僕の不安や思いは理解できないだろうと感じました」

 ――その翌年には仲間と自助グループを立ち上げましたね。

 「AIDの記事が出ていた新聞社に連絡し、紹介してもらったのがきっかけです。同じ境遇の人と話ができてうれしかった。日本でのAIDの進められ方への疑問や不満も共有できました」

 「欧米各国ではAIDで生まれた子どもの多くが自分ではっきりその事実を語ります。親から精子提供の事実を知らされているからです。異母きょうだいを捜すことも当然のように行われています」

 「僕らの自助グループはできて12年ですが、メンバーは10人ほど。1万5千人以上がAIDで生まれたとされているのに、非常に少ない。事実を知らされていないのか、恥という意識があるのか。親が隠すから、知っても『恥』と感じるのではないでしょうか」

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 ――親はなぜ隠すのでしょう。

 「日本のある調査では、AIDを利用したカップルの9割近くは子どもに事実を知らせない、と答えています。子どもが不幸になるから知らせてはいけないと勝手に思い込んでいると思います」

 「精子でも卵子でも、第三者からの提供を受けての不妊治療なら、子どもに知らせる覚悟をもってやってほしい。能動的に選択したのだから、子どもの思いにまで責任を持つべきです。隠すことはその責任を放棄することです」

 「僕自身、事実を知った直後はだまされていたという思いが強く、父を『お父さん』と呼びにくくなりました。でも8カ月ぐらいして、思い切って父に聞きました。『血がつながっていないこと知っていた?』と。父は『あー、知ってたよ』と答えました。僕はこれで気が楽になった。血のつながりがないと知っていながら育ててくれたんだとわかり、『これでいいか』と思えました。わざわざ『感謝している』とは言いませんが。ふつうの親子でもそんなこと言わないですからね」

 「父と息子のつながりというものは、遺伝以外には、旅行や遊びなどの体験をどれだけ共有できるかが大きく影響すると僕は思います。僕が29歳で血がつながっていないと知ったとき、父は既に70代。それから積み重ねられる共有体験はあまりなかった。もっと小さいころに知っていたら、より意識して父子関係を深めることができたかもしれません」

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 ――生殖補助医療全般については、どう考えていますか。

 「英語では『医療』の部分は『テクノロジー(技術)』という言葉を使っています。メスで人体を切るなどふつうなら傷害罪にあたる行為をするのが医療です。しかし、命を守るために専門職の医師が行うから罪に問われない。不妊治療は命を守る『医療』とは少し違うのではないかと思います」

 「配偶者間で、自分たちの卵子精子を用いる不妊治療に限れば、積極的に反対する理由はありません。ただ、そこに保険診療補助金のようなものをつくるのは反対です。不妊治療は本人の生命にかかわることではなく、自由選択で行っていることだからです」

 「配偶者間でも、死後の卵子精子を使う治療やクローン技術のように体細胞を用いた技術は許可されるべきではないでしょう。それによって生まれた子どもが、自分の出自を受け入れることが可能だとは思えません」

 「第三者がかかわるものとしては、身体的負担がほぼないと言えるAIDまでは認められるかな。でも、治療に同意していない子どもに『遺伝上の親がわからない』という精神的、社会的負担を肩代わりさせているので、慎重であるべきです。自助グループの仲間にはAID自体も賛成しない意見が多いです。卵子提供や代理出産、子宮移植は、より問題があります。第三者の体を傷つける、あるいはその可能性が高いからです」

 ――不妊治療は金銭的にも身体的にも負担が重いと言われています。それでも多くの人が受けていますし、日本では学会が認めていない代理出産卵子提供を、海外などで利用する人もいます。

 「子どもがほしいという欲求は生物としての本能だと思います。でも、社会的な圧力があることも事実。日本では未婚の人に『結婚はまだ?』とか、結婚した男女に『子どもはまだ?』とか聞くのがふつうです。そういう言葉は、意図的ではないにしろ、結婚して子どもをもつことを『あるべき姿』として強要するものです」

 「しかも、夫婦と、彼らと血のつながった子という古典的家族像を理想とする感覚が根強い。それが、養子や血のつながらない家族は恥ずかしいもの、隠すべきものと考える風潮につながっていると思います」

 ――自民党のプロジェクトチームが昨年まとめた生殖補助医療に関する法案は、限定的に卵子提供や代理出産も認める内容です。

 「日本でAIDによる初めての子どもが生まれて70年近くたつのに、技術が先行して、生まれた子どもへの対応やケアは後回しにされたままです。こんな状態で、適用される技術だけがさらに拡大するのはどうなのでしょうか」

 「子どもができずに悩んでいる女性がいれば、助けたいと思うのは医師としては当然です。しかし結果として子どもが生まれます。不妊治療のゴールは妊娠や出産ではなく、親子関係や家族を築くことのはずです。だとすれば、生まれてくる子どもの立場を考えることは不可欠でしょう」

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 ――生殖補助医療で生まれた子どもが遺伝上の親を知る「出自を知る権利」について、認めるべきだと訴えていますね。

 「海外では、出自を知る権利が法律で定められた国が多く、公的機関が提供者情報の管理や公開にかかわっています。日本では、自民党の法案も含めて出自を知る権利を認めることに消極的です」

 「親は、不妊は隠したいが子どもは欲しい、という自分たちの願いを、医師や提供者の力を借りて現実のものにしています。事実を伝えず、『子どもは知らない方が幸せ』と思い込むのは、『子は親の付属物』と考えるからでしょう。日本でも出自を知る権利を明文化して、子どもが希望するなら、自分の遺伝上の親を知ることができるようにすべきです」

 「出自を知りたいという願いは人としての根源的なものだと、僕は体験に基づいて語ることができます。そうした願いや様々な思いを持つ生身の『人間』を誕生させるのが生殖補助医療だということを、親も社会も改めて認識すべき時期が来ていると思います」

 (聞き手 編集委員・大久保真紀)

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 かとうひであき 1973年生まれ。横浜市立大医学部卒業。内科医として横浜市内の病院に勤める。2003年に「AIDで生まれた人の自助グループ」を立ち上げた。

 ◆キーワード

 <生殖補助医療> 体外受精などの生殖補助医療で生まれる子どもは増え続け、約27人に1人の割合だ(2012年)。日本産科婦人科学会代理出産や第三者による卵子提供を認めない立場をとるが、法的拘束力はない。自民党のプロジェクトチームが昨年10月、代理出産を一定の条件で認めるなどの法案をまとめた。
    −−「インタビュー:遺伝上の父を捜して 非配偶者間の人工授精で生まれた医師・加藤英明さん」、『朝日新聞』2015年05月16日(土)付。

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