覚え書:「『悪』解き明かす本を 社会取り戻すことに目を向けたい 大学去った姜尚中さん」、『朝日新聞』2015年06月03日(水)付。

Resize2605

        • -

「悪」解き明かす本を 社会取り戻すことに目を向けたい 大学去った姜尚中さん
2015年06月03日

 政治学者で東京大名誉教授の姜尚中(カンサンジュン)さんが今年3月、聖学院大学(埼玉県上尾市)の学長を突然辞めた。2013年春に東大から転じ、翌年には学長に就任。若手登用などの改革の取り組みが一部から反発を招いた。あれから2カ月。大学を去った姜さんに、これからについて聞いた。

 いま地方の私立大学はどこも共通した問題に直面していると思います。少子化による学生減、補助金も減る方向にある。そうした流れの中、僕は学長になった。大学間の淘汰(とうた)の中で「生き残らなくては」という思いがありました。膨大な数の若いオーバードクターらに道を開き、大学の活力、特色づくりにつなげたかった。しかし、財源は限られており、70歳定年の引き下げも含め避けて通れない問題があったんです。

 これからも頼まれれば大学での講演にも行きますし、メディアにも出ます。そして本を書きたい。

 実はこの1年ほど、「悪」の考察ができないかと考えています。というのも、世の中、悪が満ちあふれている。資本主義の本性が出て、人間が社会性を失っていく。それが罵詈雑言(ばりぞうごん)の限りとなり、例えばネット上に噴き出しているように見えます。

 もう一つのきっかけは、英国の学者テリー・イーグルトンが悪について記した「On Evil」を読んだことでした。今、僕らが理想論を説いてみても、若者に響かない。なぜなら、平和や善、愛は夢物語の中のもので、むしろ悪や苦に圧倒的に現実味がある。その悪を無視して、理想を熱く語ってみても相手には伝わらない。そのあたりを見事に分析した本で、感銘を受けました。

 私には人間の苦悩を描いた本が多く、次もその流れと言えるでしょう。悪と苦悩は違うけれど、悪がもたらす苦悩はありますからね。僕はなぜ在日に生まれたか悩んだし、息子の死があり、今回の大学の件もあった。「色々降りかかる人生だ」と見切ってますが、若いときは世の不条理にルサンチマン(怨恨〈えんこん〉の思い)を感じました。

 現代は、自己責任だ、自助能力を発揮しろとせき立てられ、そこに社会がないわけです。私は、悪の反対は、善ではなく愛だと思うんです。さらに言うと社会だとも思う。

 いま、人間は自己中心のガリガリ亡者になって、社会はあてにできない。むしろ、社会からさげすまれているという気持ちの人がたくさんいます。ですから、悪を解き明かすことで、社会を取り戻すことに目を向けたい。そんな作品になると思っています。

 本ができたら、小さな集まりでいいから、それを元に辻説法ならぬ「辻対話」を重ねていきたいですね。

 (聞き手・藤生明)
    −−「『悪』解き明かす本を 社会取り戻すことに目を向けたい 大学去った姜尚中さん」、『朝日新聞』2015年06月03日(水)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S11787783.html





Resize2600

Resize2582