覚え書:「マンガに息づく宗教性 「存在の根っこ」求め格闘・「自分を超えたもの」感じる」、『朝日新聞』2015年06月05日(金)付。

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マンガに息づく宗教性 「存在の根っこ」求め格闘・「自分を超えたもの」感じる
2015年06月05日

 宗教者や研究者らが最近、マンガの中の宗教性に注目している。宗教そのものは描いていないのに、生身の人間の苦悩やそれを受け入れていく姿に「宗教的なもの」が感じられるというのだ。宗教離れとも言われる時代に、マンガが果たす役割は――。

 仏教系の大正大学ではこの春、推薦図書を「『知』の100選」という冊子にまとめた。表現学部教授で、公益財団法人国際宗教研究所の顧問でもある渡邊直樹氏は、井上雄彦(たけひこ)のマンガ『リアル』を挙げた。体に障害を持つ若者たちが車いすバスケットボールに挑む物語。週刊ヤングジャンプ不定期連載中で、単行本は14巻の累計が1500万部を超える。

 ■「求道性」帯びた姿

 登場人物は心も傷ついている。俊足の短距離走者は骨肉腫で片足を切断。学業もスポーツも優秀だった高校生は交通事故で脊髄(せきずい)を損傷し、「何で俺なんだ」とつぶやく……。不条理な世界に投げ出された一人ひとりの物語が描かれる。

 「葛藤を乗り越えようとし、車いすバスケットに集まってくる。その姿は求道(ぐどう)性を帯びている。身体性と精神性が響き合う場面が随所に見受けられます」

 ■宗教研究者ら注目

 生命が主題のマンガが以前からないわけではない。例えば手塚治虫(1989年没)には、神話的な『火の鳥』や天才外科医が主人公の『ブラック・ジャック』などがある。しかし、いま宗教研究者らが注目しているのは、等身大の人間が「自分という存在の根っこ」を求めて格闘する際に帯びる宗教性だ。

 プロの編集者でもある渡邊教授は2007年から毎年、『宗教と現代がわかる本』(平凡社)を刊行している。15年版では「マンガと宗教」を特集した。宗教者による鼎談(ていだん)で話題になったのが荒川弘の『銀の匙(さじ) Silver Spoon』。大自然に囲まれた農業高校が舞台。偏差値が重視される社会とは別の「もう一つの生き方」を探し求める若者たちの物語だ。

 宗教学では近年、宗教の枠を超えて何らかの「聖なるもの」に触れるような感覚を理解しようとする研究が進んでいる。教義や宗教儀礼とは関係なしに感じる「広義の宗教性」を探る試みだ。かつて宗教の役割だった「実存の支え」の一端を、マンガなどの文化資源も担うようになっているとの問題意識がある。

 ■自己の生き方描く

 上智大学グリーフケア研究所の島薗進所長が一例として挙げるのは、山本おさむの『どんぐりの家』。聴覚障害と知的障害などを併せ持つ子と周囲の交感を描いている。印象的なのは、親が「この子は……生きようとしている。そして弱く愚かな私たちにこの子は訴えている」と、我が子を丸ごと受け入れる場面だ。島薗所長はこう話す。

 「ここで描かれているのは生の根源を意味する『いのち』そのもの。そこには人知を超えたものがある。また、自己実現や自己解放を求める生き方を描くマンガも、突き詰めると『自分を超えた何ものか』に触れることになるのだろう」

 伝統宗教新宗教の多くは人々を引きつけられなくなっている。誰かに用意された「大きな物語」が信じられない若い世代はむしろ、マンガなどに「自分を超えたもの」を感じ取り、一人ひとりの宗教観を育てているに違いない。

 (磯村健太郎
    −−「マンガに息づく宗教性 「存在の根っこ」求め格闘・「自分を超えたもの」感じる」、『朝日新聞』2015年06月05日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11791828.html





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