覚え書:「特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 政治学者、C・ダグラス・ラミスさん」、『毎日新聞』2015年06月09日(火)付夕刊。


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特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 政治学者、C・ダグラス・ラミスさん
毎日新聞 2015年06月09日 東京夕刊

(写真キャプション)Charies Douglas Lummis 1936年米サンフランシスコ生まれ。専門は政治思想史、比較文化論。80−2000年に津田塾大教授。「要石:沖縄と憲法9条」「ラディカルな日本憲法」など著書多数=沖縄国際大学のヘリ墜落現場で

 ◇自衛隊が人を殺す日

 「日本国憲法語り部」は、渋みのかかった緑色のかりゆし姿で現れた。沖縄・那覇空港から車で約40分、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)近くにあるキリスト教団体のセミナーハウス。1960年代に米国でベトナム戦争反対運動に関わったのを機に憲法9条の大切さを知り、70年代から日本で平和を訴える活動を続けている。安倍晋三政権が進める海外での自衛隊活動の拡大を図る安全保障関連法案に対する考えを問うと、単語一つ一つをかみしめるように、日本語でこう語り出した。

 「私の知る限り、自衛隊はこれまで、海外で誰一人、人を殺していません。憲法9条2項で『国の交戦権は、これを認めない』と定めているからです」

 私は大学時代、彼が主催する「平和学」をテーマにしたゼミに参加していた。二十数年ぶりの再会。顔や腕はすっかり日焼けしていた。大学を退職後、2000年から那覇市で暮らす。今年1月からは週2回、普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画に反対し、辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前の座り込み運動に参加している。

 交戦権は「兵士が戦争で人を殺しても殺人罪に問われない特権で、軍事行動が犯罪にならないよう、国家に与えられた権利」と解釈する。安保法制を巡る国会では議論されていないが、問題の焦点だという。

 「9条2項は実質的に生きています。自衛隊の海外活動を認めた国連平和維持活動(PKO)協力法や周辺事態法では、武力行使は、刑法36条の正当防衛、37条の緊急避難以外は禁じています。国際法は先制攻撃を認めていません。それを前提に考えれば交戦権を放棄した日本は自衛の戦争を含め、軍事行動はできません」

 安保関連法案が成立すれば、自衛隊は米軍の後方支援が可能になる。活動範囲は「現に戦闘行為を行っている現場」以外というが、敵対勢力と撃ち合う危険性が懸念されている。「血を流す覚悟」。隊員のリスクを語る時に使われるフレーズだ。だが「語り部」は「隊員が殺された後」より「殺した後」の対応が、日本の分岐点と指摘する。

 「米軍の後方支援活動中、自衛隊が他国軍に反撃して兵士の命を奪っても、日本の警察や検察によって逮捕、起訴されなければ事実上の交戦権の復活です。憲法に違反して国家の命令による人殺しを合法的に認め、日本が『戦争ができる国』として実質的な一歩を踏み出すことになるのです」

 70年間続いている平和国家が変わることを国民は許すのだろうか。この疑問に対する答えを悲しそうな表情を浮かべて話した。「マイノリティー(少数派)の平和主義者が声を上げるでしょうが結局、日本社会は交戦権を認めてしまうのでは。日本人は軍隊は人を殺す組織という認識が低いのかもしれません」

 そして沈んだ声で「兵士」だった時代を語り出した。

 米カリフォルニア大バークリー校を卒業した後、志願して58−61年の3年間、海兵隊にいた。米国は第二次世界大戦後も朝鮮戦争ベトナム戦争……イラク戦争と戦争が途絶えたことがない国。戦場を経験した身近な大人は、帰国するとたたえられていた。「国を守るには軍隊が必要。ならば自分も志願すべきだ」との結論に至るまで何も疑問に思わなかった。

 入隊直後、東部バージニア州の基地で受けた基礎訓練が今でも忘れられない。わら人形を敵兵に見立て、銃剣で刺す−−というものだ。「人を殺す抵抗感をなくす心理的訓練でした」

 訓練では上官が「銃剣は何のためにある?」と隊員に大声で問い続ける。その度に隊員は「To kill(殺すためだ)」と一斉に叫ぶ。銃剣を何度も刺しながら。隊員の興奮が高まってくると、朝鮮戦争を経験した先輩隊員はアジア人を侮蔑する言葉を叫んだ。「私には、ばかばかしいゲームにしか思えなかったけど」。冷めた目で、銃剣を突き出す動作を見せた。

 3年目の赴任地は沖縄。四輪駆動車に積んだ大砲の射撃訓練を毎日行った。「当時、沖縄住民とどう交流していたのか」と聞くと、急に言葉が重くなった。絞り出すように短い言葉を発した。「そもそも基地の外で、健全な人間関係は作れないよ……」。戦闘モードにある自分が、基地の外で民間人を傷つけてしまうことを恐れ、自制していたのだろうか。任務期間中、戦場に行くことはなく、除隊した。

 海兵隊では新兵が戦場で敵兵を殺した時は泣き出したり、吐いたりするなど精神が乱れると聞いたという。

 後方支援といえども自衛隊員が襲撃を受け、敵に銃を向ける可能性がある。自衛隊員が敵を殺し、錯乱したら、米国兵士はこう慰めるはずと予想する。「最初はみんなつらい。でも大丈夫だ。すぐに慣れるから」。海兵隊でベテラン軍人が新兵に掛ける言葉と同じだ。

 海外活動によって自衛隊だけが変わるわけではない、と元海兵隊員は指摘する。「戦争は人殺しに勲章を与え、敵への憎しみ、そして過剰な愛国心を作り出します。多くの若者が政治に無関心でいられるのは、平和だからこそ持てる『権利』なのです。それもなくなるでしょう」

 憲法の危機を約40年間切れ目なく訴えてきた。06年8月に出版した著作「憲法は、政府に対する命令である。」の冒頭では、その危機をイソップ童話に出てくるオオカミに例えた。

 <憲法を守ろうとする人たちは、何十年も前から「憲法が危ない」と叫んできた。それは、いたずらではなかった。憲法を食べようとしている狼(おおかみ)は実際にいて、本当に少しずつ食べていた。しかし現在、叫びは陳腐なものとなり、心配して慌てて飛んでくる人は少なくなった>

 「『オオカミはずっと来ない』と人々が思い込んだ時、憲法の危機は来る」という警鐘だった。では、現状を尋ねると、指揮者のように手を振り上げて指さした。「自衛隊が海外で人を殺し、交戦権が復活した時、はっきりします。オオカミが来た!と」

 04年に普天間飛行場のヘリコプターが墜落した沖縄国際大の現場を案内してもらった。ヘリがぶつかった建物は壊され、隣に立っていた木が、焼け焦げた痛々しい姿で残っている。米軍は事故直後、現場を占拠し、拳銃を持った兵士が警護した。沖縄の警察や消防は、現場検証もできなかった。

 「米国は基地を守るためには、基地のすぐ外で暮らす住民や当局者にも銃を向けるのです。米国にとって基地を守ることが最優先。米国はこれからも独自の論理で戦争するでしょう。それなのに、日本はどこまでも付き合うのですか」

 木は、添え木に支えられながらも根をふんばっていた。崩れそうな今の憲法と重なって見えた。【堀山明子】=「この国はどこへ」は随時掲載

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 ■人物略歴

 ◇Charles Douglas Lummis

 1936年、米サンフランシスコ生まれ。専門は、政治思想史、比較文化論。80−2000年に津田塾大教授。「要石:沖縄と憲法9条」「ラディカルな日本国憲法」「憲法と戦争」など著作多数。
    −−「特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 政治学者、C・ダグラス・ラミスさん」、『毎日新聞』2015年06月09日(火)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150609dde012010003000c.html





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