覚え書:「出征直前、魂の叫び 水木しげるさん、20歳の手記 『考へる事すらゆるされない』」、『朝日新聞』2015年06月11日(木)付。

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出征直前、魂の叫び 水木しげるさん、20歳の手記 「考へる事すらゆるされない」
2015年06月11日

(写真キャプション)出征直前に水木しげるさんが書いた手記=いずれも時津剛撮影

 「ゲゲゲの鬼太郎」などの作品で知られる漫画家の水木しげるさん(93)が73年前、太平洋戦争への出征直前に書いた手記が見つかった。原稿用紙38枚に書き連ねた文章からは、死の恐怖におののき、哲学や宗教に救いを求めつつも自分を貫こうとする20歳の青年の姿が立ち上ってくる。

 《芸術が何んだ 哲学が何んだ 今は考へる事すらゆるされない時代だ 画家だろうと 哲学者だろうと 文学者だろうと 労働者だろうと 土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ 人を一塊の土くれにする時代だ こんな所で自己にとどまるのは死よりつらい(1942年10月6日)》

 手記は5月末、水木さんの長女の原口尚子さん(52)が東京都調布市の事務所で古い手紙を整理していて見つけた。原口さんは「読み始めると、時代に立ち向かう父の気持ちが魂の叫びのようにあふれ出てきて、圧倒された」という。

 文章にタイトルはない。所々に振られた日付から、徴兵検査の合格通知が届いた直後の42年10〜11月の約1カ月に書かれたと推測できる。夜間中学に通っていた水木さんは、その数カ月後の43年春に入隊。ラバウルパプアニューギニア)の激戦で、多くの仲間と左腕を失うことになる。

 《吾(われ)を救ふものは道徳か 哲学か 芸術か 基督教か 仏教か(中略)道徳は死に対して強くなるまでは日月がかかり、哲学は広すぎる》

 キリスト教や仏教、ゲーテニーチェの言葉を引用しては生や死の意味について分析し、反論する。手記では、そんな記述が目立つ。

 そんな不安のなかでも、繰り返されるのが、絵画への情熱。そして「どこに行こうと、自分は自分の道を歩む」という決意だ。

 《私の心の底には絵が救ってくれるかもしれないと言ふ心が常にある 私には本当の絶望と言ふものはない

 なにくそ なにくそ どんなに心細くても どんなに不安でも 己の道を進むぞ(中略)黙れ 黙れ 吾(わ)が道を進むのじゃ 己の道を造るのだ》

 原口さんは言う。「あんな時代に『自分でありたい』とあがき続けたのが、水木しげるの強さ。その強さを、今の若い人たちにも知ってもらいたい」

 ■入隊、紙と鉛筆しのばせて

 水木さんは昨年12月から2カ月間、心筋梗塞(こうそく)で入院した。今は自宅で療養を続けながら、徐々に仕事を再開している。

 取材に対し、手記について「書いたことは、完全に忘れていました」と話したが、「知り合いが次々に戦死するなかで、旗を振って見送られるのを想像すると、何か書いていなければ不安に押しつぶされそうだった」と振り返った。

 その上で、こう話した。

 「『お国のために』という言葉のもとに、まともに物を考えることを封じられている時代だったからね」

 入隊時には「ゲーテとの対話」全3巻とデッサン用の紙と鉛筆をしのばせて赴いたという。

 「殴られても、低能と言われても、自分の頭で考えることだけは、やめなかった」

 (市川美亜子)

 <みずき・しげる> 1922年、鳥取県生まれ。漫画家・妖怪研究家。代表作に「ゲゲゲの鬼太郎」などのほか、自らの戦争体験に基づいた「総員玉砕せよ!」などがある。
    −−「出征直前、魂の叫び 水木しげるさん、20歳の手記 『考へる事すらゆるされない』」、『朝日新聞』2015年06月11日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11802112.html


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