覚え書:「書評:下中彌三郎 中島 岳志 著」、『東京新聞』2015年6月21日(日)付。

Resize2824


        • -

下中彌三郎 中島 岳志 著

2015年6月21日
 
◆純粋ゆえ危うい思想
[評者]米田綱路=ライター
 大百科事典や東洋文庫で知られる平凡社は昨年、創業百周年を迎えた。それを記念して出されたのが創業者、下中彌三郎(一八七八〜一九六一年)のこの異色評伝である。何が異色かといえば、本書が下中の生涯だけでなく、彼をとおして近現代日本の思想が抱え込んだ「危険な純粋さ」を浮かび上がらせるからだ。
 下中は「エタイの知れぬ怪物」(大宅壮一)といわれた。教師として自由主義教育を実践し、相互扶助の農本主義を唱え、堺利彦らの初期社会主義北一輝超国家主義に共鳴し、アジア主義者となって大東亜戦争を鼓吹した。戦後は憲法九条に基づいて、核兵器廃絶と世界連邦を唱えた。かように下中は振幅の激しい思想遍歴を重ねたかに見える。だがその底には、一貫して変わらぬ純粋さへの希求があった。子どもを至上とする人類愛の汚れなきユートピア天皇を中心とする「八紘一宇(はっこういちう)」の楽土への志向である。「一君万民」のコミューンこそ、下中が生涯をかけて追求した理想であった。
 その危うさは好戦的イデオロギーにも、絶対平和主義にもなりうる点にある。平凡を掲げて知の平等化と大衆化に尽くした出版人・下中を突き動かしたのは、<非凡>な日本精神への情熱だった。著者はそれを見据え、明治以降の求道的知識人の一典型であり、国民運動の闘士としての姿を描くことに成功した。
 (平凡社・2592円)
 なかじま・たけし 1975年生まれ。北海道大准教授。著書『パール判事』など。
◆もう1冊 
 和田芳恵著『筑摩書房の三十年』(筑摩選書)。共に信州出身の古田晁臼井吉見が創設した出版社の戦前戦後の歴史。
    −−「書評:下中彌三郎 中島 岳志 著」、『東京新聞』2015年6月21日(日)付。

        • -




http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015062102000179.html



Resize2815