覚え書:「【書く人】認知症 ユーモアで包む 『長いお別れ』 作家 中島 京子さん(51)」、『東京新聞』2015年06月21日(日)付。

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【書く人】

認知症 ユーモアで包む 『長いお別れ』 作家 中島 京子さん(51)

2015年6月21日
 
 「ロング・グッドバイ」。レイモンド・チャンドラーの小説のことではない。アメリカでは、認知症をこう呼ぶことがあるのだという。家族や親しい人の顔や名前も、だんだん記憶から失われてしまう病の特徴をよく言い表している。
 「父がいなければ、書けなかった小説ですね」。中島京子さんの父親も一昨年に亡くなる前、認知症を患った。娘として病と向き合った体験をふまえ、一人の男性と家族との約十年にわたる「長い別れ」を連作短編で描いた。実際にあったエピソードが随所に反映されている。「ごく個人的なことをこれほど入れたのは初めて。最初はとても書きにくくて。現実とは違うキャラクターを登場させることで、やっと進められた感じです」
 主人公は元中学校長の東(ひがし)昇平。三人の娘たちが巣立った後は、妻と二人で暮らしている。ある日、病院の「ものわすれ外来」で診断が下り、薬で抑えながらも症状はしだいに進んでいく。「ほかではあり得ないようなことがたくさん起きて。面白いっていうと言葉が良くないかな。もちろん大変なんですけれど、非常に興味深いというか。小説家として、書いておきたいと思いました」
 徘徊(はいかい)への対応や、下の世話。介護する側もされる側も、ひどくつらいというイメージがつき物だ。でもこの小説は、深刻な現実をしっかり見つめながらも、筆致が明るい。「認知症はこんなに軽いもんじゃない、もっと重苦しいものなんだと思う方もいらっしゃるかもしれない。けれど私が書くなら暗くないものをと思って、意識的にそうしました」。たとえば、自宅の場所は分からなくても難しい漢字は書ける。意味は通じていなくてもなぜか会話が成立する。ちぐはぐな状態のおかしさを巧みに浮かび上がらせる。
 戦争に向かう時代を中流家庭の暮らしぶりから描いた直木賞受賞作『小さいおうち』など、ほかの作品でも共通するのは、人間の至らなさも温かく包むユーモア感覚だ。「つらい現実があっても、そこにユーモアを見いだすと生きやすくなる。私の中ではとても大事なことなんです。おもしろいことがつい目についちゃう性格っていうのもあるんですけれどね」。口をすぼめ、こちらまで愉快になるような口調でそう言った。
 文芸春秋・一六七四円。
 (中村陽子)
    −−「【書く人】認知症 ユーモアで包む 『長いお別れ』 作家 中島 京子さん(51)」、『東京新聞』2015年06月21日(日)付。

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