覚え書:「今週の本棚:佐藤優・評 『わたしの神様』=小島慶子・著」、『毎日新聞』2015年07月12日(日)付。


Resize3052

        • -

今週の本棚:佐藤優・評 『わたしの神様』=小島慶子・著
毎日新聞 2015年07月12日 東京朝刊

小島慶子
小島慶子
拡大写真
 (幻冬舎・1620円)

 ◇「とにかく自分が一番」の恐ろしさ

 元TBSのアナウンサーで、現在は、作家、タレントとして活躍している小島慶子氏の手による内幕小説だ。女子アナの世界を描いた作品という狭い読み方をするのではなく、職業や性別にかかわりなく、いわゆる総合職のエリート・ビジネスパーソンの熾烈(しれつ)な競争を描いた作品として読むと面白い。

 ミスキャンパス出身でアイドルアナの仁和(にわ)まなみ(27歳)は、<つまらないごく普通の女>を演じているが、それが<主婦の反感を買わずにいる最善の方法だ>と経験則によってつかんでいるからだ。まなみは、出世の秘訣(ひけつ)は権力に近づくことであると冷徹に認識している。<男を味方につけたら、あとは女に嫌われないようにすればいい。好かれなくたって、嫌われさえしなければいいのだ。テレビも雑誌も、作っているのは所詮は男なのだから。男に気に入られれば、目をかけて引き上げてもらえる。誰がその力を持っているのかを見極めることが、肝心なのだ>という処世術は、現実的に考えて間違えていない。

 評者がかつて勤務していた外務省でも誰が実質的な権力をもっているかを見極め、権力者に擦り寄ることに成功した外務官僚が出世した。もっとも出世しなくては、自分が国益に適(かな)うと考える案件を推進することはできない。第三者から見るならば、義理を欠き、人情を欠き、平気で恥をかく「サンカク官僚」であっても、本人は国士であると勘違いしている事例がほとんどだった。『わたしの神様』に出てくる女子アナや記者たちも、主観的には「良い仕事をしたい」と思っている。それだから、自らの醜悪な姿が見えないのだ。

 ライバルを潰す技法についてもまなみは巧みだ。例えば、同じ新人アナウンサー滝野ルイへの対応だ。

 <当時高視聴率を誇っていた朝の情報番組にルイとまなみが現場研修に行ったとき、「ウィークエンド6」のプロデューサーでもあるエグゼクティブ・プロデューサーの藤村が二人を食事に誘ったのだという。夜の会食でまなみが化粧室に立ったとき、酔った藤村はルイの肩を抱き、まなみよりも人気者にしてやると言って、無理やりキスをした。スカートの中に差し入れられた手を払いのけると、乱暴に胸を掴(つか)まれた。まなみが戻って来たので藤村はルイから離れたが、まなみは何も見なかったかのように、にこやかに藤村と話し始めたのだという。そのあと二人でタクシーに乗ったときに、まなみはルイに言ったそうだ。


 「意外と、したたかなんだね。だけど、そんなことじゃ私には勝てないと思う。藤村さん、お目当ては私だから」>

 男女を問わず、総合職で出世競争への野心を持っていない人はいない。ただし、それを剥(む)き出しにするか、隠すかというスタイルの違いがある。まなみの場合は剥き出しにするタイプだ。一般論として、こういうタイプは不必要な敵を作るので失脚しやすい。

 産休後、職場に戻った佐野アリサ(35歳)と同期入社の政治部記者出身でニュース番組のディレクターをつとめる立浪(たつなみ)望美の対立も深刻だ。

 <アリサは望美に向き直った。

「あなたこそひがんでいるじゃない。私にもさんざん嫌がらせしたわよね? なんでアナウンサーを差別するの? 悔しいから? 採用試験に落ちたから?」

 望美の顔色が変わった。

 「言いがかりはやめてくれる? 傷ついてるのは自分だけだと思わないで。仁和まなみにメインをとられて悔しいんだろうけど、起用する側から言ったら当然の判断よね。オヤジのお気に入りを座らせとくなら、同じバカでもきれいな方がいいもの」>

 望美は局アナ試験を落とされた経験からこんな認識を持っている。<最終面接で落ちたとき、これは現代の花魁(おいらん)だと気付いた。知識と教養と美貌を兼ね備えていても、最終的には男に買われる女たちなのだ。より高値で買ってもらうためには、金で脚を開くような女ではありませんというふりをしなくちゃならない。自分で自分の値をつり上げて、男の欲望を最大限に引きつけるのだ。その才覚に長(た)けた女が生き残る世界なのだと>。おぞましい偏見だ。いわゆるエリートの中には、常に自分が最上位でないと我慢できない人がいる。この小説に出てくるエリート女性は、「容姿と能力」が判断基準だ。男性たちの世界では、「出身大学の偏差値と能力」が判断基準になるのであろう。もっとも出身大学の偏差値にいつまでもこだわっているのは、現在所属している組織の劣位集団にいる人だ。外務官僚で、能力的にはいま一つだが、元偏差値秀才はたくさんいる。そういう人たちが酔ってする自慢話は、予備校の模擬試験の順位が全国で10番以内に入ったことがある、東大二次試験の数学で出題された4問を全て解いたという類の日本外交とは何も関係のない内容だった。過度の競争によって、いわゆるエリートと呼ばれる人々が追求する「とにかく自分が一番」という「わたしの神様」崇拝の恐ろしさがリアルに伝わってくる。
    −−「今週の本棚:佐藤優・評 『わたしの神様』=小島慶子・著」、『毎日新聞』2015年07月12日(日)付。

        • -





http://mainichi.jp/shimen/news/20150712ddm015070046000c.html


Resize2998



わたしの神様
わたしの神様
posted with amazlet at 15.07.20
小島 慶子
幻冬舎
売り上げランキング: 2,823