覚え書:「今週の本棚・本と人:『放哉と山頭火 死を生きる』 著者・渡辺利夫さん」、『毎日新聞』2015年07月12日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『放哉と山頭火 死を生きる』 著者・渡辺利夫さん
毎日新聞 2015年07月12日 東京朝刊

 (ちくま文庫・864円)

 ◇苦悩を「代償」する言葉 渡辺利夫(わたなべ・としお)さん

 開発経済学の第一人者で、現在は拓殖大総長の任にある。多忙な中で、ある時期から自宅に研究用とは別の小さな書斎を持つようになった。「精神の平衡を保つためです。シェルターみたいなものですね」

 一つのきっかけは50代後半に一時、心の病を抱えたこと。その際、「森田療法」を創始した戦前の医師・森田正馬(まさたけ)を知り、彼の苦闘を描いた『神経症の時代』(1996年)で開高健賞を受けた。「専門以外の著作に充実感を覚えた」最初だった。

 自由律俳句を代表する尾崎放哉(ほうさい)と種田山頭火(さんとうか)について書いた今回の本も、出発点は30代にさかのぼる。「アジア経済研究の師が山頭火の句集を持っていたのです。薦められて読み、一瞬を切り取る豊かな言葉の世界に驚きました」

 以来、研究の傍ら、折に触れて自由律の作品を読んできた。『種田山頭火の死生』(98年)の著書もある。「放哉も山頭火も詠んだのは人生の不安、絶望、苦しみです。切ない、かなしい句なのに、読むと不思議に癒やされる。生きる苦悩を『代償』してくれるからでしょうか」

 評伝や研究書とは違う。二人の内面に入り込み、孤独や挫折、自己嫌悪をありありと、ただし一面では冷酷なまでに描き出す。多くの句が時代背景とともに読み解かれ、小説的な味わいもある。「私は放哉を生きている。山頭火を抱えもっている」(あとがき)という没入の仕方は尋常でない。「初めて書く放哉に関してはあらゆる資料を集め、晩年を過ごした小豆島にも何度も足を運びました。あとは想像力です。山頭火については前著を全面的に改稿しました」

  春の山のうしろから烟(けむり)が出だした

  もりもりもりあがる雲へ歩む

 放哉と山頭火の辞世の句だが、それまでの作品と正反対ともいえる明るさ、力強さに注目する。「人間は死ぬために生きている、と自覚していたのが放哉です。彼にとって死は救済だったのでしょう。不安と焦燥にかられ放浪を繰り返した山頭火も、死は解放であったと思います」

 二人の人生は「全てを捨てていって最後に残るものは何かを示している」と考える。「多くを持ちすぎている現代人が、彼らの作品にひかれる一つの要素かもしれません」<文・大井浩一 写真・山本晋>
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150712ddm015070048000c.html



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