覚え書:「書評:ヒトラーの科学者たち ジョン・コーンウェル 著」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。


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ヒトラーの科学者たち ジョン・コーンウェル 著

2015年07月12日

◆頭脳集団 ある重大な欠陥
[評者]金子務=科学史
 ドイツ科学の強大さは、第一次世界大戦までにノーベル三科学賞の約半数をさらった事実に現れている。敗戦後一九二八年までドイツの科学者は外国に招かれなかったが、それでも国防科学では国際分業を密(ひそ)かに計っていた。一方、プラネタリウムを発明したツァイス社は海外に百四十基も輸出し、ドイツ最強の資源「科学」を誇っていた。
 ナチ政権誕生からベルリン陥落までの十二年間に、これら科学資源の諸相がどう転変したかを、人物本位に八部三十四章で包括したのが本書である。
 読みではあるし、人物は錯綜(さくそう)する。各種戦争マシンの亡霊も賑(にぎ)わすし、彼我の戦略・戦術思想にも分け入っていく。しかし得るものは大きいはずだ。
 公的機関から国外追放した非アーリア系大学の教授・職員は千三百名に上った。プランクらの抗議にヒトラーは「ユダヤ人抜きで科学が不可能なら、当面科学なしでやるさ」と応じた。人種衛生学と優生学が両輪となった。
 ハイゼンベルクは消極的抵抗によってナチの核開発を頓挫させた、とされる。しかし本書は、これは間違い、消極的協力者だとする。評者も同感だ。
 三九年当時、ドイツはチェコのウラン鉱山を占拠し、核分裂を発見したハーンらはドイツ人だし、最高頭脳のハイゼンベルクがベルリン新設のウラン・クラブを束ねた。ナチ・ドイツが原爆への最短距離にいることは誰も疑わなかった。ところが、誇り高きハイゼンベルクは組織的工学的能力に欠けていたのだ。ドイツは結局、原子炉一つ完成できず、プルトニウム爆弾も考えられず、連鎖反応を起こす最小の臨界質量(五キロ)も把握していなかった。より基礎的な核物理学にも重大な欠陥があった。核反応を調べるサイクロトロンアメリカで生まれ世界に三十六台あったが、ドイツには皆無だった。
 フォン・ブラウンのロケット工場廃墟(はいきょ)以上に薄ら寒い風景を秘密の核の山城に感じた。本書は現在の国際競争にも負の遺産があることを示している。
(松宮克昌訳、作品社・4104円)
 John Cornwell 英国のジャーナリスト。著書『悪魔のカプセル』など。
◆もう1冊
 イヴォンヌ・シェラット著『ヒトラーと哲学者』(三ツ木道夫ほか訳・白水社)。ナチスに加担、抵抗した哲学者たちの生き方を描く。
    −−「書評:ヒトラーの科学者たち ジョン・コーンウェル 著」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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ジョン・コーンウェル
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