覚え書:「【書く人】想像力で書いた到達点『人間のしわざ』 作家 青来 有一さん(56)」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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【書く人】

想像力で書いた到達点『人間のしわざ』 作家 青来 有一さん(56)

2015年7月12日


写真
 「戦後生まれでも、爆心地の川のほとりを歩けば、そこに大勢の遺体が折り重なっていたという話を思い出す。自分の記憶ではないのに、土地の記憶が体の中に入ってくるんです」
 生まれ育った長崎には、キリシタン殉教と原爆投下という、二つの悲劇がある。子ども時代から繰り返し聞いて、体に染み込んだ「土地の記憶」を、数々の小説に紡いできた。
 長崎市役所に就職し、現在は原爆資料館の館長を務める。「聖水」で芥川賞に。今年はデビュー二十年の節目でもある。
 本書のタイトルは、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の言葉にちなむ。一九八一年二月に初来日し、広島で「戦争は人間のしわざです。人間の生命の破壊です。死そのものです」と演説した。「人間のしわざ、という言葉に引っ掛かった」。それから三十年以上違和感を抱き続け、この作品に昇華させた。
 物語は、「なぜ神は戦争を放置し、苦しむ人間を救わないのか」と苦悩する戦場カメラマンの男の視線を通して語られる。
 第一部は、主人公と学生時代に相思相愛で、その後別れた女が語り手。五十代になった二人は海辺のホテルで密会する。
 不毛であり切実でもある性愛の行為の合間に、男は世界の紛争地で見た光景を語る。腹から臓物が飛び出た子ども、腐敗していく兵士…。やがて男は現実の戦争だけでなく、幻視体験まで語り始める。それはキリシタン殉教の場面だ。「天主さまはどうして黙っておられるのか」とつぶやく、焼き殺された老人。皮を剥がれて刑場に引きずられる女。時空を超えた幻視の描写を読んでいると、次々と連なる映像を見ている錯覚に陥る。
 第二部で、作者は男にかすかな救いの言葉を語らせる。「もしも、奇跡があるとしたら、おびただしい死を超えて夥(おびただ)しいいのちが氾濫してきているというそのことではないか。人間が殺戮(さつりく)の地でのほほんとまた暮らしている、それがすべての意味ではないか」
 「この作品がフィクション形式の限界点で到達点」という。老若男女の主人公が独白する小説を想像力を駆使して書いてきたが、いまは身辺の実体験を取り入れる書き方に変えた。
 腐っていくもの、崩壊するものに惹(ひ)かれる。中学生の時、夏休みの自由研究で魚が腐る様子を観察記にした。「輝くんです。気持ち悪いけれど、独特の美しさに恍惚(こうこつ)とする」
 集英社・一六二〇円。 (出田阿生)
    −−「【書く人】想像力で書いた到達点『人間のしわざ』 作家 青来 有一さん(56)」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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