覚え書:「書評:日本海ものがたり 中野 美代子 著」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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日本海ものがたり 中野 美代子 著

2015年7月12日

◆重層的な意味を読む
[評者]川崎賢子=文芸評論家
 老練な著者の舵(かじ)取りで、古今のものがたりの海を旅する。
 正確な海図を持たない昔から、漂流した人々、幻視された海獣、『西遊記』から『ガリヴァー旅行記』、久生十蘭まで、海の物語は多元的だ。ホーン岬をまわってハワイ諸島からアジアを目指し、日本海オホーツク海を結ぶ海峡に、ラペルーズ海峡とその名をとどめるフランス海軍士官ラペルーズの探検譚(たん)。そして海外の地図ではいずれもラペルーズ海峡と呼ばれるその場所が日本の地図では宗谷海峡と呼ばれる場所にほかならないことなど、歴史という物語も重層的である。
 著者はあとがきに「わたしが住んでいる北海道という島は、日本海・太平洋・オホーツク海の三つの異質な海に囲まれている」と述べる。北海道を「島」と呼ぶ視点も、境界が明示されているというわけではない海の意味の相違を読むまなざしも、たいへん新鮮だった。
 いや、新鮮、などと間の抜けた感想を抱くこと自体、海がいかに緊張関係にみちた場所であるか、その差異や他者性に対する意識を鈍らせて日ごろ過ごしてきたのだろう。日本海が日本人にとって他者性を欠いた海であり、近年日本人はとみに他者性を欠いて閉ざされがちであると、著者は警鐘を鳴らす。四方が海に囲まれているという条件だけで、海洋国家、海洋民族たりうるわけではない。
岩波書店・2160円)
 なかの・みよこ 1933年生まれ。中国文学者。著書『孫悟空の誕生』など。
◆もう1冊
 吉村昭著『漂流記の魅力』(新潮新書)。十八世紀末の若宮丸など、日本人の漂流記を紹介し海洋文学の魅力を説く。
    −−「書評:日本海ものがたり 中野 美代子 著」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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