覚え書:「特集ワイド:安保法案・衆院通過 識者に聞く問題点 民意無視の政権よ」、『毎日新聞』2015年07月17日(金)付夕刊。

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特集ワイド:安保法案・衆院通過 識者に聞く問題点 民意無視の政権よ
毎日新聞 2015年07月17日 東京夕刊


(写真キャプション)衆院平和安全法制特別委員会で安全保障関連法案の強行採決に反対し浜田靖一委員長(中央)の席に詰め寄って抗議する野党議員ら=国会内で15日、長谷川直亮撮影

 「国民の理解が進んでいないのは事実だ」。安倍晋三首相がこう認めた安全保障関連法案が16日に衆議院を通過した。報道各社の世論調査で反対意見が増えている中での採決強行だ。安倍首相は「丁寧に説明していく」とも述べたが、額面通り受け取る人は少ないだろう。これほどの民意無視は許されるのか。識者に問題点を聞いた。【堀山明子、江畑佳明】

 ◇立憲主義の危機、指摘続ける 東海大法科大学院教授・永山茂樹さん

東海大法科大学院教授・永山茂樹さん

 安保法案に反対する憲法学者の署名運動の呼び掛け人の一人として活動したところ、5月26日から2カ月足らずで235人が賛同してくれました。「集団的自衛権の行使は可能」と憲法解釈を変更した昨年7月の閣議決定の時には、3カ月で175人の反対署名でしたので、関心は高まっています。安保法案の反対署名では、政治から距離を置く憲法学者も協力してくれたのが特徴です。「改憲の是非は言わないが、強引な憲法解釈に基づいた法案には反対する」などといった法手続きを問題視する意見をメールに添えてくださる方もいました。

 国会審議で明らかになったのは、自衛隊が海外で集団的自衛権を行使できる判断基準は事例しか示されず、法解釈が定まっていない危険な法律であること。多くの憲法学者は、安保法案は集団的自衛権を認めない憲法9条に違反すると指摘していますが、武力行使の法解釈が不明確という意味でも違憲です。それにもかかわらず、与党が衆院で法案を可決したのは、国民軽視の乱暴な国会運営としか言えない。

 安倍首相は15日の衆院特別委員会での採決前、「まだ国民の理解は進んでいない」と答弁する一方で、強行採決を促しました。理解が得られていないなら継続審議にするのが当然です。与党が強行採決した後に「丁寧な説明を続ける」と言われても国民の政治不信は払拭(ふっしょく)されない。また、野党の質問に正面から答えない現在の姿勢が続く限り理解は進まないでしょう。

 国会審議では集団的自衛権を行使できる事例として挙げられたホルムズ海峡の機雷掃海が、そもそも現実的に起きる危機なのか−−という疑念が新たに浮上しました。ホルムズ海峡経由で原油を輸出しているイランが、自らの首を絞めるような機雷敷設をする可能性は乏しいという認識を外務省が3年前の内部資料で示していたからです。安倍政権が提示した事例の現実味まで揺らいだわけですが、明確な答弁はありません。

 集団的自衛権を行使できる「存立危機事態条項」などの判断基準を法律で明記せず、政府答弁で法解釈も明確に示していないことは、内閣が有事を恣意(しい)的に解釈し、決められることを意味します。今の論議のままでは、法律違反かどうかの判断すらできません。

 内閣の解釈によって運用できる安保法案が成立すれば、立憲主義の危機です。衆院可決後も、憲法学者の声を集め、危険性を指摘し続けます。

 ◇安倍内閣、終わりの始まりか ジャーナリスト・鈴木哲夫さん

ジャーナリスト・鈴木哲夫さん

 衆院特別委員会の強行採決は、長い目で見た時に「安倍政権の終わりが始まった」という起点になるかもしれません。

 安倍内閣自民党は今「負のスパイラル」に入っています。安倍首相に近い議員らの勉強会で飛び出した「マスコミを懲らしめる」発言は、言論の自由を封じ込めるのかという国民の反発を招きました。法案を説明しようと安倍首相が出演した自民党のインターネット番組も同様です。集団的自衛権の行使を「不良にからまれたアソウさんを助けに行く」などと例えると、国民から「何をふざけているんだ」と激しく批判されました。行動が全て裏目に出ています。

 石破茂地方創生担当相が「『なんか自民党感じ悪いよね』という国民の意識が高まった時が危機だ」と発言したように、安倍内閣の強硬姿勢が鮮明になると、各マスコミの世論調査で内閣の不支持が支持を上回りました。

 安保法案の審議は参院に移ります。私は「集団的自衛権を行使しないで済むにはどんな外交を展開すればいいか」という議論を徹底的にすべきだと考えます。さらに内閣支持率が落ち込むと、政府・与党は安保法案に関する戦略を見直さざるを得ない。参院で採決されなかった場合、衆院の3分の2以上の賛成で再可決できる「60日ルール」を使えない事態に追い込まれる可能性もあります。強引に使えば、国民から「参院軽視だ」とさらなる反発を招きかねませんから。

 一方、9月は政治日程が目白押し。岩手県知事選(6日投開票)、山形市長選(13日同)といった大型地方選がある。20日に自民党総裁選の投開票、27日には国会の会期末を迎えます。安倍政権に対する国民の抗議運動が収まっていなければ、地方選で与党系候補が連敗する可能性があります。総裁選では安倍氏の再選が濃厚ですが、秋以降の衆院北海道5区の補選で与党が厳しい戦いを迫られるかもしれません。

 最大の難関は来年夏の参院選。内閣への支持を取り戻せないままで迎えた場合、与党で過半数をとれず、再び「衆参のねじれ」が生じることも考えられます。そうなると安倍首相の悲願である憲法改正が困難になるどころか、首相責任論が噴出して退陣が現実味を帯びてきます。

 安倍内閣自民党が国民の支持を本気で取り戻すには、安保法案の成立見送り論を含めた活発な議論を行い、反省するしかありません。

 ◇絶望しないで、もっと声大きく 音楽評論家・湯川れい子さん

音楽評論家・湯川れい子さん

 安保法案に反対する市民の声は国会周辺にとどまらず全国各地に広がっているのに、与党は衆院で法案を可決しました。結局、国会は数の論理で動くだけなのかと、悲しくてなりません。

 安倍首相は国会などで、「昨年12月の衆院選で国民の信任を得た」「熟議を尽くした上で、最終的に決める時には決める」という発言を繰り返してきました。しかし、選挙で多数の議席を取ったからといって憲法を勝手に解釈することが許されるわけではありません。安保法案の可決は閣僚や国会議員に憲法順守を義務づけた憲法99条違反で、歴史の汚点です。国民の信頼を得て十分に審議を尽くして可決したのではないということは、国民の誰もが感じていることでしょう。

 憲法の危機は今に始まったことではありませんが、憲法の解釈が時の内閣によって平気で変えられてしまう怖さを感じたのは初めて。法案が成立すれば、朝鮮半島だけでなく中東でも有事があった場合、自衛隊は米軍の後方支援を行うようになります。その行動は「自衛隊が戦争に行く」ということと何ら変わりがありません。法案成立後は「明日」にも起こることです。

 法案成立を阻止しようと、私は2度にわたり、女性たちが手をつないで国会を取り囲むデモを呼び掛けました。最初は今年1月17日。集まったのは何の組織にも所属していない女性約7000人。反対の意思をアピールする赤い服をみんなが身に着けていました。けれどもこの行動はほとんど報じられず、危機感を募らせました。

 2度目は6月20日で、1万5000人もの女性が集まりました。手をつないだ「人間の鎖」が国会を包囲した時、一人一人から「このままでは子どもたちの未来はどうなるのか心配でたまらない」という切実な思いがヒシヒシと伝わってきたのです。

 でも、私のようなおばあちゃんが反対しても、若い人たちが立ち上がらないと意味がない−−と感じていましたが、若い人たちが国会周辺や渋谷で反対を訴える姿をテレビやインターネットで見て、吹き飛びました。やっと次世代に危機感が引き継がれたと、涙が出るほどうれしかった。

 これから、もっともっと反対の声を大きくしていくしかありません。安倍政権は聞こえないふりをするでしょう。けれど、次世代のため、日本のためにも、そう簡単に絶望するわけにはいかないのです。

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 ■人物略歴

 ◇ながやま・しげき

 1960年生まれ。安保法案に反対する憲法学者の署名運動のほか、個人ブログ「毎日 憲法」で法案の問題点を発信している。

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 ■人物略歴

 ◇すずき・てつお

 1958年生まれ。テレビ西日本、フジテレビの記者などを経て現在フリー。政界取材は20年以上にわたる。近著に「安倍政権のメディア支配」。

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 ■人物略歴

 ◇ゆかわ・れいこ

 1936年生まれ。「六本木心中」「恋におちて」などの作詞を手がけ大ヒットさせた。著書は「湯川れい子のロック50年」など多数。
    −−「特集ワイド:安保法案・衆院通過 識者に聞く問題点 民意無視の政権よ」、『毎日新聞』2015年07月17日(金)付夕刊。

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